ちょうど僕が現役でSF研に所属していたころ、ミステリーは冬の時代でした。<幻影城>休刊(1979)と新本格(綾辻行人『十角館の殺人』1987)の狭間。
島田荘司のデビュー作『占星術殺人事件』が乱歩賞候補作になったのが1980年、出版が翌81年。ちょうどブームの終わりのころです。
82,3年になると、もう何もない状態になりました。当時としては、幻影城ブームのときに輩出した力のある若手がSFの方へ行ってしまったのが大きかったと言われもしましたが。栗本薫は元々半分はSFの人だけど、竹本健治と笠井潔のアンチ・ミステリーの新鋭二人、その他、高橋克彦、井沢元彦等。連城三紀彦には普通小説の方へ行かれてしまったし。(今思うと隔世の感がありますねえ。)
そんななかで島田荘司は孤高にもただひたすらミステリーの道を貫いてくれました。そして僕にとってデビュー直後からリアルタイムで追っかけた最初の作家でした。
主に初期作を中心に簡単に触れてみます。
『占星術殺人事件』は破天荒、八方破れとも評された御手洗潔初登場作。トリック一本で本格物の神髄に挑んだ傑作。バラバラ死体玩弄、ホームズ敬愛など後の作者の全てが出ている。
第2作『斜め屋敷の殺人』(1982)は後の新本格館ものにつながる元祖的な作品。いかにもと言うか、趣味的と言うか。
第3作『死体の飲んだ水』(1983)では、アリバイものに挑戦。探偵役は『斜め屋敷の殺人』で脇だった牛越刑事。
吉敷竹史刑事ものは、『寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁』(1984)から。つづく『出雲伝説7/8の殺人』(1984)にしても、やはりバラバラ死体を扱って、旧来からの天才探偵とアリバイものの足の探偵との融合を図ろうとしている節も見えます。
そして問題作『北の夕鶴2/3の殺人』(1985)。
この作では、吉敷に天才探偵、足の探偵に加え、殴られても殴られても立ち上がるハードボイルド探偵のイメージまでも混入しています。別れた妻通子のために吉敷はとことん体を張って奮闘します。壮絶としか言いようがありません。
一方、トリックも凄い。トリックというよりも道具立てですね。釧路のニュータウンの怪事件。写真だけに写る見えない鎧武者、すすり泣く夜鳴き岩、密室に出現した二人の死者。
僕はこの作が好きです。島荘のベスト5には入ります。
バランスを崩していると言われればそのとおり。でもそれでいいのです。ミステリーでよく言われる誉め言葉が、「手術は成功したが、患者は死んだ」。ディクスン・カーの作品などがこう評されます。全体の小説としての出来よりも細部への拘り。豪腕とも力技とも評される展開。それがいいのです。ミステリーは寓話です。バラバラ死体を用いたトリックがあり、その上さらに何かをやってくれそうだから島田荘司を読むのであり、ただ単に人間ドラマを読みたければ、冒険小説作家やら純文学作家やらのを読めばいいのです。
この頃の島田荘司は、一作ごとといってもいいくらいに違う趣向に手を染めていました。
『嘘でもいいから殺人事件』(1984)ではユーモア・ミステリー。
『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』(1984)は、ワトソンと夏目漱石の手記を交互に配したホームズ・パロディ。ホームズの奇矯な面を飛び切り強調した画期的ともいえる傑作。
『サテンのマーメイド』(1985)ではアメリカ西海岸に舞台をとったハードボイルド。やはり死体玩弄が出てくるのがご愛敬。
『火刑都市』(1984)は、東京という土地に着目した都市論ミステリーの先駆け。短編「糸ノコとジグザグ」(1985)もそう。同じ頃に出た松山巌の評論集『乱歩と東京』(1984)により探偵小説と都市論を結び付けるのがブームとなり、島荘ももうちょい後で同潤会アパートに材を取って「乱歩の幻影」(連作長編『網走発遥かなり』1987収録)を書いています。
『夏、19才の肖像』(1985)は瑞々しさとほろ苦さが漂う青春小説。『異邦の騎士』(1988)は、御手洗潔と石岡和己が知り合う切っ掛けとなった事件だが、原点はこれ。普通の小説としても完成している。若さ未熟さによる大きな失敗。後悔とやるせなさ、だがだからこそ甘美な思い出。
そのうち吉敷ものの方は、社会問題などを安易に(としか思えない)取り入れて妙な方向に行ってしまいます。例えば『Yの構図』(1986)。いじめ問題を扱ってはいるが、このタイトルでこの犯人はないんじゃないかと思う。
『夜は千の鈴を鳴らす』(1988)や『幽体離脱殺人事件』(1989)も酷かった。今覚えているのは両者とも評判が悪かったということと、他人や(前者)自分の(後者)トリックを流用したということだけ。
『奇想、天を動かす』(1989)はそんな中で例外的な傑作です。彼の社会派志向と本格志向が齟齬なく有機的に結びついた唯一の作と言っていいでしょう。発端は消費税殺人事件。北海道の列車内での怪事件には朝鮮人連行という日本近代史の暗部が絡み、吉敷刑事による謎の解明が人間の尊厳に対する感動を呼びます。
これが僕にとっては島田荘司最後の傑作です。去年の『龍臥亭事件』はまだ読んでないけどまあたぶん。
新・御手洗シリーズと言われるのが、『暗闇坂の人喰いの木』(1990)『水晶のピラミッド』(1991)『眩暈』(1992)『アトポス』(1993)の一連のハードカバーだが、どうも低調。『暗闇坂の人喰いの木』の乱歩趣味的なところが光るくらいか。
島田荘司は1987年からの新本格ブームには旗振り役を務めました。元凶という言い方も出来ますが。ミステリー研上がりのファンライターの作品をあたかもそれが傑作であるかのような仰々しい推薦文をつけて売り出すという。賛否両論というよりも僕の周辺では非難の方が多かったような。
ひろこさんにも聞かれました。島田荘司って友達いないの、って。友達がいないからああやって若い人たちを引っ張り込もうとしているんじゃないかと。
でも実際考えてみれば、ずっと孤軍奮闘してきた人なんですよ。せいぜいあとは岡嶋二人ぐらいなもので。仲がよくて岡嶋三人になろうという冗談があったらしいけれど。
でもなにはともあれ、新本格作家講談社一派に北村薫、山口雅也、有栖川有栖ら創元一派、宮部みゆき、高村薫の女流作家も加わり、またしてもミステリーに春が来たのでした。あの新本格ブームからもう10年も経つんですねえ。
ブームというのはなんやかんや口ではけちをつけてもやっぱりうれしいもの。新人の力作もうれしいが、また笠井潔や竹本健治らが復帰してくれたのがなおうれしいことでした。
ですが、そんな時期に島田荘司の作品は精彩を失っていくのでした。
島田荘司について真っ向から語ろうとすると気恥ずかしいものがあります。これが青春というものなのだろうか。
僕の大学時代(1982.4〜1988.3)というのが殆ど全部冬の時代に引っかかります。でもリアルタイムで出ていたのは、島田荘司だけだったけれど、個人的な読書体験としては豊穣な時代でした。
僕もSF研に入って読書傾向が変わった口です。SFではとてもついていけないから、別の方向に。周りのみんなが海外SFの話をするから古典SFの話で対抗しようとした横田順彌みたいなものです。
あの頃は幻影城ブームでの傑作がどんどんと文庫化され、またそれより少し前の異端作家ブームの残り香もあり、戦前の名作にも触れることが出来ました。
小栗虫太郎『黒死館殺人事件』夢野久作『ドグラ・マグラ』中井英夫『虚無への供物』竹本健治『匣の中の失楽』笠井潔『サマー・アポカリプス』。これら全部を読んだのが教養部から学部のうちでした。
島田荘司の話をするとやっぱりノスタルジーになってしまいますね。
【註】
ひろこさんは#03287にて
それにしても「島田荘司って友達いないの」なんて、失礼なことを平気で言う奴もいたもんです。
と謝罪しています。
初出 <電脳部室>MYS:冬の時代と島田荘司[1997.05.25] #03281
改稿 [1997.11.08]
[付記]
僕にとっての島田荘司ベスト5は以下のようになります。
順番はちょっと付けようがありません。
『占星術殺人事件』
『異邦の騎士』
『北の夕鶴2/3の殺人』
『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』
『奇想、天を動かす』
困るのが『占星術殺人事件』の扱い。初読のときは確かに大仰天し、心酔しました。でも『異邦の騎士』が出たときに御手洗ものを通しで読んでみたら、『占星術殺人事件』は文章を読むのがかなり辛かった。それで印象が結構変わってしまいました。
初読の印象を優先するか、後で冷静に読み比べて決めるか。一人の作家に対しての作家観といっても、作風の変遷は侮れないものがあります。
初出 <電脳部室>RE^2:MYS:冬の時代と島田荘司[1997.05.27] #03290
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