島田荘司『摩天楼の怪人』

島田荘司『摩天楼の怪人』


 元版は2005年、東京創元社より。
 島田荘司の、そして御手洗潔の、創元推理文庫初登場である。厳密にはパスティーシュの
柄刀一『御手洗潔対シャーロック・ホームズ』に少し先を越されはしたが。

 1969年、コロンビア大学で助教授として発生生物学を研究していた御手洗潔は、死の床にあった往年の舞台女優のジョディ・サリナスから呼び出しを受ける。ジョディの七十四年の生涯と、彼女が暮らした1910年建設のセントラルパーク・タワーは様々な謎に彩られていたというのだ。
 ジョディを守るファントムが彼女の障害となるもの全てを取払ったという。1916年に初めて現れたファントムは、ジョディを三十四階の部屋からセントラルパークの池に一瞬のうちに運び、彼女のライヴァルの女優を取り除くと約束した。そしてイルマ・ブロンデルは自殺した。
 1921年、欧州大戦から戻ってきたファントムは荒れ狂って様々な事件を起こした。 ジョディに言い寄っていた演出家のサンドリッチが時計塔の断頭台にかけられて無残な死に方をした。 ライヴァルの女優マーガレット・エルグが自殺した。 ビルを設計した建築家オーソン・タルマッジがビルの全ての窓とともに吹き飛ばされて転落死した。 さらにジョディ自身がエレベーターが停止している停電中の十五分間に三十四階の自室から一階まで降りて悪辣な興行家ジーグフリードを射殺して戻って来るという奇跡を行ったという。
 理解不能の不可解事を解くことを喜びとする御手洗にジョディはこれらの謎を解いてみろと挑戦して息絶えた。そのときに居合わせた全員が窓の外に顔半分が骸骨で体が半ば透き通る亡霊を目撃した。

 何とも魅力的な謎の数々。 過去の事件はニューヨーク市警のサミュエル・ミューラーの目を通して語られる。 作中の現在の御手洗の捜査は若い劇作家のジェイミー・デントンが記述者となる。 御手洗はまず建築家タルマッジがポケットに入れていた象形文字ヒエログリフのメモを解読する。そこに記されていた数々のセントラルパークの事物とライオン大通りという言葉の意味は何か。

 堪能した。到底解決できるとは思えない謎の数々に、たった一つのものを導入しただけで全て合理的な解決がつくのが何とも凄く、何とも力強い。謎の力、論理性の力、物語の力、そしてミステリーの力というものを久々に感じさせられた。
 五十年に渡ろうとする事件は当然ながらニューヨークの発達史と密接に関わり、摩天楼やセントラルパークの変遷も謎の解明に深く絡んでいく。この話は物質文明の繁栄の中心であるマンハッタンから人外境への入り口を探す話であるのだ。
 事件の影には怪人となった男の孤独で悲しい人生があった。言うまでもなくルルー『オペラ座の怪人』が下敷きになっている。これは作者あとがきによると、初めはなるべくは避けようと思いつつも、結局は本書の狙いを浮き立たせるために返って同じモチーフにしたものらしい。なるほど、原型の物語同様に強く訴えかけるが、この時代でしかありえないものが動機となりトリックとなっている。
 先行作品といえば、時計塔での処刑は江戸川乱歩『魔術師』に触発されたものだろう。乱歩にしても黒岩涙香『幽霊塔』を通してウィリアムスン『灰色の女』のゴシック趣味の影響を受けている。こうしてイギリス、日本、アメリカと舞台を変えて乱反射しながらもミステリーは伝播していく。

 かつて私にとって島田荘司最後の傑作は『奇想、天を動かす』(1989)で、それ以後は長い不調の期間だった。だが、近年に『ロシア幽霊軍艦事件』(2001)や『ネジ式ザゼツキー』(2003)という良作があり、今この『摩天楼の怪人』によって完全復活したと感じさせられた。



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