『幻影城の時代』

『幻影城の時代』


 1975年から1979年まで刊行された探偵小説専門誌<幻影城>についての同人誌。 私のところにも三百字内のコメントの依頼が来て原稿を書かせていただいたが、こんなに立派な冊子になっていてびっくりした。表紙イラストレーションは山野辺進と渡辺東、レイアウトは池田拓、厚さも当時の<幻影城>本誌と同じくらい。まるで<幻影城>が復刊したかのように思えた。

 この同人誌の編集の母体となったのは、神奈川県在住のミステリファンによる湘南探偵倶楽部である。同倶楽部が2004年11月に台湾まで遠征して行なった<幻影城>編集長島崎博インタビューが目玉記事である。その他、当時<幻影城>に作り手として関わった人や出身作家、一般のファンも寄稿している。
 出身作家は、泡坂妻夫連城三紀彦竹本健治栗本薫、田中文雄、友成純一、田中芳樹。何とも豪華なメンバーである。 作家や作り手だけでなくファンもが三十年前の雑誌を本当にいとおしんでいる。

 台湾帰国以来消息が途絶えた島崎博と連絡が取れるようになったのは探偵小説専門誌「幻影城」と日本の探偵作家たちの野地嘉文によるもの。
 この冊子でいろいろなことが明らかになった。あまり知られていなかった島崎博の出自だが、台湾の独立運動に携わっていてそのための出版物を刊行したこともあったのだという。日中国交回復が契機となってその運動から手を引いたことが<幻影城>の創刊につながった。<幻影城>の休刊も、採算がどうこうよりも、島崎が台湾に帰国していたときにちょうど暴動が起こって、台湾当局の監視の元におかれて身動きが取れなくなったことが直接の原因らしい。<幻影城>は崩壊し、島崎コレクションも散逸した。それ以来、島崎は台湾で二十五年間も日本人に会うことなく過ごしたという。

 以下、断片的なこと。
 私がずっと気になっていた狩久の遺作と伝えられた『裸舞&裸婦奇譚』はどうやら幻だったらしい。
 島崎は別に社会派が嫌いではなく、ただ社会派がブームならそれを書いて世に出てから違うものを書く輩が嫌いだったようだ。
 桃源社の「大ロマンの復活」シリーズ以降の殆どの復刻企画に島崎がコレクションから作品を提供していた。
 <幻影城>に載せる新作原稿は必ずダメ出しし、連城三紀彦さえも散々書き直させた。
 島崎博は、いわゆる新本格に殆ど興味がなく、泡坂・連城の初期作と比べて見劣りするとはっきり言っている。

 論考の中では巽正章の「宿題を取りに行く」が印象に残った。<幻影城>の新人である竹本健治や栗本薫、そして「幻影城サロン」に熱心な投稿をする読者のみならず、再録作も大家の若書きや懸賞当選作が多いことより、この雑誌には普遍的な若さのしるしを掘り当てようとした特色があると述べる。 さらに探偵小説という分野自体の未熟さを指摘し、成熟とは何かという新本格以降に殆ど大声で語られなくなくなった問いを再考する。

 <幻影城>が残したものは今なお大きいし、それを総括しうるのはこれからのような気がする。本書はそれの叩き台になりうる労作であった。


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