ミステリー文学資料館編『「探偵クラブ」傑作選』

ミステリー文学資料館編『「探偵クラブ」傑作選』



 ミステリー文学資料館編の探偵雑誌アンソロジーの第八弾。
 今回は全集の月報などの付録雑誌。<探偵クラブ>は1932年から新潮社から刊行された「新作探偵小説全集」の付録。この全集の内容は以下の通り。

 乱歩の巻が岡戸武平による『蠢く触手』だった他にも代作があったと言われ、また刊行中に尽力した佐左木俊郎の急死などもあったが、一方では甲賀三郎『姿なき怪盗』、浜尾四郎『鉄鎖殺人事件』などの力作も生んだ。
 <探偵趣味>は1931年からの平凡社版「江戸川乱歩全集」の付録雑誌。犯人当て懸賞小説として乱歩の「地獄風景」が連載されたことで知られる。毎号募集した掌編探偵小説には乱歩が作品評を寄せていて、それが本巻に全編収録された。
 本書巻末にはこの二誌の他にも1935年からの柳香書院版「世界探偵名作全集」付録雑誌の<クルー>の目次も掲載されている。

 まずは<探偵クラブ>から。
 『殺人迷路』は「新作探偵小説全集」の執筆陣による連作。実に豪華なメンバーが集まっている。こうした連作は以前に春陽文庫が乱歩が絡んだものをまとめて刊行しており、今回は再読になる。 探偵作家の星田に完全犯罪を見せてやるとの予告状を送る怪人物。謎の男女に引きずりまわされた星田たちは鎌倉で実に恐ろしい犯罪に直面する。 一回の分量が短いので展開の速いこと速いこと。 乱歩はスランプに入っても流石に怖さの盛り上げがうまい。 久作のパートには浮かされたような熱気がこもる。 三郎がつけた決着はちゃんとどんでん返しを入れてくれるがどうにも枚数が足りなくて、呆気ない幕切れに残念。

 「探偵コント集」ということで小品が続く。夢野久作のもの以外はここでしか読めない話ばかり。
 城昌幸「短銃」は、女優が舞台で使う短銃を本物とすりかえようとした男の葛藤。短いながら鮮やかに決着をつける (→作品目録)。

 水谷準「カメレオン」は、死にゆく運転手の独白。人の心の不思議を感じさせて余韻が残る (→作品目録)。

 葛山二郎「女と群衆」は、タイトルどおり群衆の中での一幕。無理に落ちのある話につくりすぎたような嫌いがある (→作品目録)。

 橋本五郎「小曲」は、暴風雨の中で漏れ聞いた返事の正体。ユーモアものにしたかったんだろうけど、ちょっと中途半端 (→作品目録)。

 飯島正「戸締りは厳重に!」は、寝ているうちに雨戸を開け放してしまう女中の奇癖。これもユーモアものなんだろうが、どこで笑ったらいいのかわからない。

 夢野久作「縊死体」は、可愛さのあまり恋人を絞め殺してしまった男が陥った陥穽。私なら夢野作品ベスト5にこの掌編を必ず入れる。

 檜垣謙之介「黒髪」は、豊かな黒髪を持つ女性を愛してそして失った男の独白。いかにも探偵小説的な小品。

 横溝正史「建築家の死」は、ひとりの天才建築家が残した建物にまつわる話。密室ものかと思ったがそうではなかった。そろそろ作家専業になり作風が変わる時期だが、これはまだ習作期と同じ軽いコント風。

 南澤十七「動物園殺人事件」は、紙芝居を見ていた女の子がさらわれるところから始まりなぜだか海野十三作品のような落ちがつく。なんなんだこれは。
 作者にはSFミステリーの佳作がある一方で、その少年ものでのあまりのイメージのぶっ飛び方に横田順彌から「日本のバローズ」との呼び名をつけられている (→作品目録)。

 水谷準「僕の「日本探偵小説史」」は、当時<新青年>の編集者をしていた筆者の回想記。東京から大阪の探偵趣味の会の乱歩や正史を尋ねるところなど貴重な証言である。探偵小説自体の青春時代の瑞々しさが感じられる。水谷の書いたものは他にもあると思うのでもっと読めるようになってほしい。

 続いて<探偵趣味>。この部分は全部が読者から募集された応募掌篇集で構成されている。毎回毎回の全投稿を江戸川乱歩が目を通して選び懇切丁寧な選評も付けて載せ、本書ではそこまで併せて収録してある。枚数が十枚内外と少なかったこともあり、傑作と言えるものはない。乱歩は本気でこの企画から作家を送り出すつもりだったようで毎回辛口のコメントを寄せている。後世から見たら完全に忘れ去られたコンテストであるが、そうしたうらぶれた雰囲気も私は嫌いではない。

 いく編かについて触れておく。
 蘭郁二郎「息を止める男」は後に<シュピオ>で活躍する作者のデビュー作。表題どおりの息を止めることを趣味とする男の奇行を描写する。作者の初期の不健康な味わいがもう色濃い (→作品目録)。

 蘭の他は荻一之介が多少なりともアンソロジーで読める作家である (→作品目録)。 田中謙名義の「五月の殺人」と「最後の瞬間」「或死刑囚の手記の一節」の三編が採られているが最後のものがちょっとよい。死刑囚が遠くの祭囃子を聞きながら道を踏み外すきっかけとなった事件を振り返る話だが、乱歩の「彼」を思わせる味わいがある。

 乱歩全集の付録雑誌だから投稿者にも当然乱歩ファンが多かったと思われ、乱歩小説と言えるものもいくつかある。
 深田孝士「私の犯罪実験に就いて」では「目羅博士の不思議な犯罪」に感銘を受けた作者自身が「鏡地獄」ばりの装置をつくって人体実験を行う。
 深谷延彦「剥製の刺青(黄金仮面えぴそうど)」では黄金仮面が暴れるさなかに地方都市で起こった消失事件を東京の明智小五郎が電話で解決する。こう書くと明智ものの外伝みたいだが、犯人の動機は愛惜極まりないものであった。

 この巻はどうしても隙間企画という印象はまぬがれない。 <探偵クラブ>の連作も<探偵趣味>の応募掌篇集も質の面ではかなり悪い。 特に後者はこんな機会でもなければ採録されることはありえなかったろう。
 それでも読めないよりは読める方がいいには違いない。乱歩の選評を読むだけでも十分価値がある。


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