第一集に続く戦後の探偵雑誌<宝石>の江戸川乱歩責任編集号に載った作品を乱歩の書いたルーブリックとともに掲載するという形式のアンソロジー。やはり既読作品が多く、書評はこの頁に書いていないものだけにした。
山村正夫「獅子」の舞台は古代ローマ。皇帝は近衛軍団隊長スパルタキュスを呼びつけて先代の執政官の未亡人の屋敷で開かれる饗宴に集う人々の中の謀反人の暗殺を命じた。そのことを知った語り手の侍従長は謀反に加担しようとするが、誰が狙われているのかわからない。警告を受けた厳重な警備の中でどこからともなく忍び込んだスパルタキュスは目的を遂げて去っていった。西欧の歴史に取材するのは当時は高木彬光の「ロンドン塔の判官」(1954)があるくらいで珍しい。幕切れの場面が印象的なのは、作中で始終守銭奴と称されたスパルタキュスの性格が如実に現れているからである。
土屋隆夫「重たい影」では、地方の役所に勤める谷は突如戦友の佐田の訪問を受ける。佐田は谷に職場の商工組合から持ち逃げしてきた四百万円の大金を預るように強要する。刑務所で刑期を務めてその後で受け取ろうというのだ。谷がそれを無下に断れないのは沖縄戦の最中に起こった事件が重荷となっているからだった。途中まではとても面白いのだが、結末はすっかり忘れていた。結末によって折角の話の流れが断ち切られた感じがする。
城昌幸「ママゴト」は、著者が得意とするショート・ショートの一編。主人公が散歩で入っていった寺には小さいながらも門前町のような店屋が並んでいた。短くて何でもない描写の一編だが、結末で筆者が感じた悲しみをこちらも感じられるような気がする。
松本清張・江戸川乱歩の対談「これからの探偵小説」は、『ゼロの焦点』休載時に急遽企画されたものだが、巨匠同士が一対一で対談した唯一の記録だそうだ。
清張が乱歩にした問答を自分のことだからと乱歩編集長が切ってしまったのは実に惜しい。
土英雄「切断」は、台風の最中に病理学教室で当直を勤める医師が標本の取り違えに気づく。骨肉腫症との診断は誤りなのにこのままでは患者の若い女性は明朝に下肢を切断されてしまう。ところが台風により電話も海底電線も切れて病院がある離島への連絡がどうしてもつけられない。募る焦燥を描いて迫力があり、また結末も実に皮肉で無常を感じさせる。
作者は主人公と同じ勤務医だそうで二編の投稿作だけを残している。
島田一男「泥靴の死神」は、鑑識課近江警部を主人公とする「屍臭を追う男」シリーズより。深夜の貨物列車に轢断された女の死体を近江は残された靴がきれいだったことから殺人と断定する。被害者は青山のナイト・クラブの女給で死体には情交の形跡があった。
犯人の正体を見破ったのは鑑識課員として人体を知り尽くした近江だったからこそだが、この結末はとんでもない。
竹村直伸「似合わない指輪」のヒロインは生みの母を知らず祖父母に育てられた。あるとき九州に働きに行くという母から駅まで会いに来てほしいという手紙が届くが、そこに行っても母には結局会えなかった。
少女の一人称の記述が妙に要領を得ないために、読み手は何があったのか考えさせられるようになる。
結末で明かされるヒロインの境遇が胸を打つ。
作者は本作と「タロの死」「霧の中で」の三作品が一挙に掲載され注目を集めたが、病気のため筆を絶った
(→作品目録)。
佐野洋「金属音病事件」は、西澤保彦らが得意とする特殊設定もののSFミステリーの先駆。この病気の患者は金属性の幻聴に悩まされた後に異常な記憶力と判断力の昂進を示す。アメリカと日本でほぼ同時に発生したこの事件を新聞記者の原たちは追う。ところがその日本での患者の一人が完璧な密室の中で殺されてしまったのはなぜか。
特殊な前提条件の上に積み重ねられた論理の構築が知的な興奮を呼び起こす。傑作である。
既読作があまりに多かったが、初読のものはどれも水準以上でまあ満足だった。