ミステリー文学資料館編のアンソロジーを久々に買った。売りは乱歩の新発見原稿だが、戦後の探偵雑誌<宝石>の江戸川乱歩責任編集号に載った作品を乱歩の書いたルーブリックとともに掲載するという形式のアンソロジーである。既読のものは何度も読んでいるので、書評はこの頁に書いていないものだけにした。
日影丈吉「飾燈」では幼い日の思い出が語られる。
代表短編の「かむなぎうた」に似た懐古的な雰囲気だが、冒頭部の影絵や幻燈の総ざらいに乱歩も大はしゃぎ。
初めて活動写真を見た日に見つけた幼児の死体は八幡の藪知らずに置き去りにされていた。
容疑は精薄の子守女にかかったが、彼女が坂の上で乳母車を持つ手を離したのが故意だったか事故だったかが問題だった。冒頭と後半部はあまり関連性がないようにも思えるが、ああいう真相を持ち出すためにはときには残酷である童心を感じさせる必要があったのだろう。
宮野村子「手紙」では、父を亡くして母と二人の子が暮らす家庭に母の幼なじみの画家の帰国が波乱を起こす。
父は寂しい踏切を母が嫌がるにも関わらず当てつけのようにいつも渡っていて、遂にその日に轢かれた。当時は幼かった息子は画家が父を殺したのではないかと疑っていた。事件の鍵になるのは一通の手紙だった。乱歩の言うとおりに確かに古風。だが古風なものは古風なりのよさがある。家庭の悲劇を扱ってしみじみした味がある。
作者は戦前にデビューして主に戦後に活動した女流作家。アンソロジー収録は最近の方が多い
(→作品目録)。
鷲尾三郎「銀の匙」で、東北の山奥の村の医者のところに転がり込んだ青年は、巧に立ち回ってなくてはならない働き手になった。だが、医者はその青年が村人から若先生と呼ばれているのを聞いてぎょっとする。資格もない男に代診をさせるわけにはいかない。だが、追い出されようとした青年は本性を現していく。
読者投稿欄で
ウォルポール「銀の仮面」の模倣だという非難があったというが、解説ではこれは本歌取りだと弁護している。そうだろうか、日本の田舎にすっきり移植した力量は認めるが、もう一つ捻りがないと独自性は主張できないのではないか。
鷲尾も近年になって読めるものが増えてきた
(→作品目録)。
徳川夢声「歌姫委託殺人事件」は、小説ではなく実話に基づいた手記。中村進治郎というライターが歌姫と睡眠薬心中したが一人だけ生き残り、殺人ではないかと疑いをかけられた顛末。中村は近年『子不語の夢』の註で小酒井不木を死に追いやった直接の原因にして、横溝正史の『真珠郎』のモデルとされてすっかり有名になってしまった。私の読んだ本では『叢書新青年 聞書抄』でこの事件に触れられている。
著者は有名な活動写真の弁士、後に俳優。喋りの達者な人だからか文章もうまい。他にもアンソロジー収録作がある
(→作品目録)。
星新一「処刑」は、SF短編。科学技術が進歩した未来において火星は流刑の星として使われていた。死刑宣告を受けた者は大気から水を作り出す銀の玉を持たされて火星表面に降ろされる。その玉にはある時間以上使うと爆発する機能が付加されていた。主人公は火星においても生き抜こうとし、毎回毎回覚悟を定めて銀の玉を使うが、やがてある境地に達する。ショートショートと言うには長めの短編。実に重苦しいが、だからそこを抜けたときには驚かされる。
小沼丹「リヤン王の明察」は、ヘロドトスに材を取り舞台を古代の東洋に移したもの。リヤン王の宝物庫に押し入って首なし死体を一つ残していった盗賊がいた。王は死体を盗賊の縁者とにらんでその死体を押収しに来る者に対して罠を張った。だが、……。古代の知恵と知恵との対決は意外な帰結となる。ユーモラスな味で楽しい。
作者は先にニシ・アズマ先生を主人公とする『黒いハンカチ』が復刊されている。
久能啓二「玩物の果てに」では、古物商から皿を買った男が自宅近くで凍死した。酔い潰れて寝込んだためと思われたが皿はどこにもなかった。古物商はこれは巧妙な殺人であり、彼と皿を争った男たちの中に犯人がいるのではないかと思う。
逸品に魅せられるマニアの生態を活写していて、焼き物に興味がなくても面白く読める。
これは<宝石><週刊朝日>合同の短編コンクール第二回の入選作品。作者の本職は学芸員だそうで長編四作と短編少しがある。
香山滋「みのむし」では、夫の療養で三年も山のバンガローの生活をする若夫婦の元に不思議なお客が訪れる。ミノと名乗るその若い娘は自分がみのむしの精であるような奇妙な話し方をした。ところがミノがくすねた物と思った千円札がとんでもない場所から発見される。作者によくある妖精譚の一つ。何でこんなものが妖精に、と思ったが、それでも手堅くまとめられて結末には哀感さえ漂う。
香山滋は全集も持っているけど全部は読んでいない。全集で読むと同じような話が続いて結構つらいが、アンソロジーで未読作品を読むと実に面白い
(→作品目録)。
飛鳥高「鼠はにっこりこ」の主人公は泥棒。あるアパートに忍び込んだがそこで女性の死体を発見し、またその部屋を訪ねてきた童謡を口ずさむ少女にも遭遇する。女性の過去の写真の女子高の制服に見覚えのあった彼は彼女をこのような最期に追いやった何者かについて思いを馳せる。だが、……。奇抜な状況設定に興味を引かれたが、結末は腰砕けという感じ。
飛鳥高も新しいものが読めるだけで嬉しくなる作家である
(→作品目録)。
江戸川乱歩「薔薇夫人」は遺棄された連作一回目の原稿の一部。後に「女妖」と「畸形の天女」に再利用された。断片でこれだけでは何とも言いようがないが、こんなものでも乱歩なら商品価値がある。
解説によると乱歩編集<宝石>からのアンソロジーはもう一集編む予定があるということでさらに期待したい。