ミステリー文学資料館編の探偵雑誌アンソロジーの戦後シリーズ第6弾。
<探偵実話>は1950年5月創刊、1962年10月廃刊。通巻は約160号。
発行元は講談社にいた編集者が起こした世界社、そして世文社。
「実話講談の泉」誌の別冊という形で出発したが、次第に探偵小説を載せるようになった。「宝石」など他誌でデビューした若手作家の貴重な作品発表の場になり、特に当時「宝石」と不仲になった鮎川哲也が代表作のいくつかを寄せている。
最盛期には連作の企画があり、『女妖』『生きている影』『怪盗七面相』も本誌に連載された。
狩久「山女魚」では、保養地の新婚夫妻に招かれた探偵作家がこの近所で起きた密室事件を語る。自分の体が小さくなって流される夢を見たという夫人がバンガローの浴室から悲鳴一つ残して消失した。そして翌朝、彼女の一糸もまとわぬ屍体が配水管の流れ込む美女ガ淵で発見された。
初読。つくりすぎの嫌いはあるが、さすがにただでは終わらせない。
狩久には結構思い入れがあるのでこうして再録してもらえると嬉しい
(→作品目録)。
村上信彦「青衣の画像」では、旧友に呼ばれた男が妻への疑惑を打ち明けられる。まことしやかに組み立てられた話を男は一枚の絵を根拠に一蹴する。だが、……。
初読。どんでん返しが連続して工夫の跡が見られるが、そうするよりもダミーの解決に出てくる異常心理の方を中心にした方がよかったのでは。
作者はジャーナリストで服飾史や女性史の研究家。本作が探偵小説の処女作で、他にも<幻影城>の下記特集に一編再録されている
(→作品目録)。
鷲尾三郎「生きている屍」は『鷲尾三郎名作選 文殊の罠 本格ミステリコレクション6』を先日読んだばっかりなのでパス
(→作品目録)。
黒沼健「白い異邦人」の舞台は紀元前十五世紀の北方の辺境の集落。そこにやってきた異邦人の男女は何らかの意図を持っているらしかった。一方、折りしも地球に近づいたティフォン彗星が様々な怪異を引き起こす。
初読。大掛かりな舞台設定で、この時代のこのときにしか成立し得ないトリックが用いられる。それでもなぜかいま一つという感じが拭えない。
作者は戦前からのライターで、創作、翻訳、犯罪実話、『秘境物語』『失われた古代都市』などのオカルト・ノンフィクションなど多くの分野で仕事をした。怪獣映画『ラドン』の原作でも知られる。
土屋隆夫「推理の花道」では、大衆演劇のスター座長が売れなかった時代のことを振り返る。恩人である師匠が不遇の死を遂げたのは自分に責任があるのではないか。
下記の<幻影城>の特集で既読。うらぶれた味わいがしみじみしていい。演劇ミステリーとしての趣向もある。
大河内常平「ばくち狂時代」では、競馬厩舎の騎手見習いの信公が主人公。ばくちや酒色の爛れた生活に溺れていたが、それでも厩舎の一番馬のパンゼル号に乗る機会を与えられて人が変わったように訓練に励む。だが、折角のその夢も陰謀により叩き潰されて……。初読。厩舎や騎手の生活の様が実にリアル。悪党たちの騙し合いだが、最後の復讐には喝采する。
作者の作品には戦争もの、刀剣ものなどいくつかの系列があるが、これは当時の風俗に取材したやくざものの一編
(→作品目録)。
吉野賛十「鼻」は、盲人の語る話。
当時騒ぎになっていた贋札密造団のアジトを豆腐屋の縁側に何回も贋札が現れたという奇妙な話から推理する。
既読。題材は特殊で面白いけれど、それに寄りかかりすぎ。
作者は盲学校の教員を務め、盲人の鋭い感覚を生かした話が多い
(→作品目録)。
潮寒二「碧い眼」では、添い寝中に我が子を過失で殺してしまった母親がそれを夫に隠そうと苦闘する。彼女は銭湯で他人の子をさらったが、その現場を混血児らしい碧い眼の子供が見ていた。折に触れ彼女の前に現れる子供の碧い眼が彼女を脅かす。
初読。次第に高まる緊張。そして破綻。何ともいえないいやな結末。この作者はもっと評価されてもいいのではと思った。
作者は戦前から書いている作家で、蛆、なめくじ、みみずなどを扱ったいやな感触の話で知られている
(→作品目録)。
横溝正史・高木彬光・山村正夫「毒環」は連作。正史の前篇では、渋谷のレストラン「ロゼッタ」の洋酒部門にいわくありげな男性客がド・ブロンデというチェリー・ブランデーを買いに来る。接客したウエイトレスの泰子は、男が名前を漏らした元同僚桂子のことが気になる。泰子が桂子を訪ねたところ、彼女は泰子の目前で同じド・ブロンデを飲んで毒殺されてしまった。彬光の中篇では、毒の正体が戦時中に陸軍第九研究所で完成されたアセトン・シアン・ヒドリンであることが明らかになる。ロゼッタに来た高利貸しの大日方馨が容疑者として浮かんだが、それは別人で自分を陥れようとする罠だと主張する。そしてもう一人の容疑者の会社社長の月山浩一の愛人陽子が同じ酒同じ毒で第二の被害者となった。正夫の後篇で、警察は月山を逮捕した。ところが泰子を呼び出した大日方馨が今度は毒死してしまう。釈放された月山が今度は事件を捜査し始め、驚くべき真相に突き当たるが、……。
初読。この話の趣向はありそうでいてなかなかないタイプかも。この話も厳密にはそれそのものじゃないし。巨匠たちがこの趣向に連作で挑んでいたという遊び心に敬礼。
鮎川哲也「赤い密室」は、作者の密室ものの最高傑作。
大学医学部の明治時代に建てられた解剖室で無残に切断された看護婦の死体が発見された。バラバラにして発送しようとしたものらしく一部は梱包されていたが、犯人は何かに驚いたのかように作業を中断して消え失せていた。
犯人は解剖室を使う医学生たちの中にいるものかと思われたが、その全員にアリバイが成立した。また仮にアリバイが破れたとしても二重の錠とダイヤル・ロックに守られた扉をどう出入りしたのか。
田所警部の捜査は暗礁に乗り上げ、名探偵星影竜三の出馬を迎える。
久々に読み返した。中編だが読み応えあり。鉄壁に見える密室を構成する手品趣味の見事さ。そしてそれを破ることにより真犯人の心の闇まで浮かび上がる。
ただ、もうちょっと余韻が残るような結末だったと記憶していたのだが、案外と即物的に終わっていた。
<幻影城>No.10(1975.10)の「20年代作家傑作選」は実質的に「探偵実話」傑作選だったが、”特集「<探偵実話>傑作選」にすると、ゲテモノ特集の観をまぬがれないので”というS氏こと島崎博のコメントが付いている。内容は以下の通り。