ミステリー文学資料館編の探偵雑誌アンソロジーの戦後シリーズ第二弾。この巻で扱われたのは四誌。第三巻『「X」傑作選』と併せて昭和20年代の短命だった雑誌が一望できる。
<黒猫>は探偵作家クラブが最初期に事務局を置いていたイヴニング・スター社が発行元で、1947年4月創刊、1948年9月終刊、通巻11号。海外作品の紹介も目指し、どこかモダンな雑誌だったという。
<トップ>は大衆文化雑誌として出発し、4号から「探偵・犯罪・実話」誌になった。1946年5月創刊、1949年まで続いた。通巻は20号くらいまで。
<ぷろふいる>は戦前版<ぷろふいる>の復刊。編集長は戦前版に引き続き九鬼澹が務めた。1946年7月創刊、1947年12月の通巻5号まで。1948年2月より<仮面>と誌名を変更し、こちらは通巻7号までが確認されている。
<探偵よみもの>は、大衆評論雑誌<新日本>の特集号という形で1946年11月から。1950年までで通巻10号。
まずは<黒猫>。
城昌幸「憂愁の人」は、夫を撃ち殺した妻の陳述。彼女は夜中に自分の部屋に忍び込んだ侵入者だと思って撃ったと言い、戦争前に夫と知り合い結婚してからの後の生活を語る。夫は財産を持ち、語学でも絵画でもピアノでも演劇でも何でもできる人だった。だが、その才能を発揮することは滅多になく、何もせずにいて極端な無口だった。それでも愛情に満ちた夫婦生活をしていたが、二人での遊びに夫が飽きてしまったらしかったときにこんな事件が起きたという。
これは作者の短編の中では再録が少ないが、傑作である。タイトル通りの深い憂愁が伝わってくる。
薄風之助「黒いカーテン」は、今までにないものを描いてみたいと考える画家が、隣に越してきた怪老人を相手にその孫娘の命をかけて対峙することになる。
初読。幻想的な雰囲気は結構出ている。
蒼井雄「三つめの棺」では、元警視庁捜査課長が三人の人物を呼び集めて語る。憎むべき犯罪を未然に阻止したい。犯人はわかっているが証拠がない。ある家から病死として二つの棺が出て、今のままだと三つ目の棺も犯罪と知りながらみすみす許してしまいそうだ、と。
初読。蒼井雄の作品はアンソロジーによく取り上げられるが幾つかに偏っていてこの作品は初めて(→作品目録)。緊迫感がある状況を実によくつくりあげている。厳かな探偵役と奸智に長けた犯人の対比もいい。
双葉十三郎「密室の魔術師」は、旅回りの魔術師に恥をかかせた実業家が別荘の書斎で殺される。窓の外から魔術師の黒装束姿が目撃されたが、家人が密室を開いて入ったときにはその姿はなかった。
作者の本業は映画評論だが、戦後の一時期本格短編を幾つか書いたという。特にこの作は密室ものとしてのめりはりが効いていて、アンソロジー収録頻度が高い
(→作品目録)。
氷川瓏「白い蝶」の主人公は、雑踏の中で額に白い蝶がぶつかる幻を見て以来強迫観念に駆られる。短い枚数だが、それだけに鮮烈な読後感を残す。
初読。
作者は渡辺剣次の実兄の幻想作家。ポプラ社の乱歩の少年探偵団シリーズの大人向け作からのリライトはこの人が手がけたという。<幻影城>にも数編の新作を寄せている
(→作品目録)。
天城一「鬼面の犯罪」では、ガラス工業会社の社長が殺され、その現場を目撃した年若い妻と腹違いの弟は、伝説の鬼女が現れ社長を刺し殺したと主張する。あまりにも無体なその証言の意味を摩耶はさっさと解き明かす。
作者の意図は奇術的トリックよりも別な方向にあったようなのだが、説明されてもあまり釈然としない。
天城一は<別冊シャレード>で大半の作品が読めるようになっている
(→作品目録)。
香山滋「天牛(かみきり)」は、醜い容貌の博士とその美しい妻とその恋人の絵描きによる三角関係劇。舞踏会の場で夫人の緑玉の耳飾は消えて床の上を大きな天牛虫が這っていた。それが魔手の迫る前触れとなり、破局のときは近づいていく。
この話はあんまり好きではなかったのだが、久々に読み返したらなかなかいけるのではと思えてきた。終結部に作者らしい情熱のほとばしりがある。
香山滋は凄く好きな作家で全集を買ったが、いったいいつになったら読めるんだろうか
(→作品目録)。
坂口安吾「探偵小説を截る」は、探偵小説のマンネリズムについて毒舌の吐き放題。特にヴァン・ダインが嫌いだったらしい。安吾は人間の心理に目を向けよと主張する。
続いて<トップ>。
角田喜久雄「蔦のある家」は、「笛吹けば人が死ぬ」や『虹男』などの作品で活躍する新聞記者明石良輔ものの一編。明石は未知の婦人からの投書で蔦のある古びた洋館を訪れて隠されていた手記を手に入れる。それはある女性が自分の罪を記した告白書だった。
初読。なんとなく話の展開の予想はつくのだが、流石にうまい。
大下宇陀児「吝嗇の真理」は、病的な倹約家の夫が妻とその情夫に殺される話。倒叙形式で犯罪の萌芽から勃発、そして発覚までを描く。
初読。作者らしい家庭内の悲劇ではあるのだが、殺される夫の人間像が極端すぎて今ひとつ乗れない。
その夫の普段からの習慣をこういう形で使いたいという気持ちはわかるのだけれど。
さらに<ぷろふいる>。
九鬼澹「豹助、町を驚ろかす」では、地方の田舎町を私立探偵が訪れたときに感化院の院長が死んだ。そこで犬の飼育係だった青年豹助は探偵小説ばかり読んでいたが、死んだ院長の後任になった弟が犬を殴り殺したと聞いて本気で犯人を探すつもりになった。初読。そこそこのでき。
九鬼は戦前版<ぷろふいる>からの名編集者で、戦後版<ぷろふいる>にはこの作から始まる豹助シリーズを書いた。アンソロジーであと一作読める
(→作品目録)。
青鷺幽鬼は角田喜久雄と海野十三の合同のペンネーム。この名前で交代で書いて、正体は片方が死んだ後に明かそうという探偵作家らしい稚気があったそうだ。
角田喜久雄が書いた「能面殺人事件」では、風采の上がらぬ署長と裁判所嘱託であるその若妻のおしどり夫妻が事件に挑む。妻の方が署長にほれ込んで大恋愛で結婚して周囲をあつあつ振りで振り回しているが、いざ事件となるとそれぞれの立場で丁丁発止とやりあうという実に愉快な設定。伝説の鬼女面にまつわる殺人事件もこの夫妻が乗り出すと直ちに解決する。
初読。面白かった。これは何よりも設定の勝利。
海野十三「昇降機殺人事件」もエレベータの中から死体が消えた謎の解明に同じ主人公を引き継いだ。
こちらも初読。海野らしい理化学的トリックが興味深くて初出が何なのか気になる。でも、妻の方を活躍させ過ぎ。やはりこの設定でいくなら署長に花を持たせなくては。
随筆が四編。九鬼澹から甲賀三郎、城昌幸から松本泰、海野十三から小栗虫太郎と、実に絶妙な人選の思い出話が楽しめた。虫太郎が少年ものを書こうと構想していたという話には興味がそそられた。晦渋な文章で知られる虫太郎だが、少年向けにはわかりやすく親しめる文章を使い分けてきっと年若い読者を魅了しだろうと十三は力説する。それがもし叶ったなら果たしてどんなものを書いてくれたろうか。
小熊二郎「湖畔の殺人」は、スイスのレマン湖のほとりで起こった怪事件。銃声が聞こえて巡査が駆けつけたらそこには銃創のない屍体があった。
事件に関わった友人が不可解な死を遂げたため、日本人の画家が友と残されたその恋人のために事件に挑む。
初読。長めの短編。異国色はよく出ている。
最後に<探偵よみもの>。
横溝正史「詰将棋」で、語り手は別荘地に疎開していたときに体験した事件を作者に話す。本来は仲のよい師弟で、弟子は先生夫妻の別荘に療養に来たはずだった。それが詰将棋の出題と解法とで勝負しているうちに周囲も危ぶむほどの異様な空気が漂い出していた。そのうち弟子の方が死んだ。ちょうどそこへ来合せていたお訊ね者の仕業ではないかとされたのだが……。
初読。それほどの作品でもないのだが、正史の文章はぞくぞく来て読ませる。
島田一男「芍薬の墓」は、客船のサロンで語られる綺譚。戦争末期の空白により北満の広大な採金場の事務所には八人の人間だけがとり残された。閉鎖状況と行く末の不安の中、たった一人の女である美しい女医を巡って男たちの血は一人また一人と流されていく。
初読。島田の経歴を生かした大陸を舞台に取ったもの。先行する小栗虫太郎の作品のいくつかに通ずるような雰囲気がよい。
島久平「村の殺人事件」では、助手たちとともに和歌山の農村に避暑に来た私立探偵の伝法義太郎は、村の少年からそこで起こった事件の話を聞かされる。果たして蛇は復讐をするのか。
釣りの途中の伝法探偵は話を聞いただけで真相を推理する。切れ味が鋭いが、作者のものとしては並の部類。
島久平は昨年初めての短編集が出て、本作も含む伝法探偵の登場作がまとめられた
(→作品目録)。
『「ロック」傑作選』は既読作が多かったが、こちらは初読のものが多くて楽しめた。青鷺幽鬼名義の二編を収録したのは目の付け所がいいし、角田の「蔦のある家」は思わぬ拾い物を読んだ思いがした。他にも蒼井雄「三つめの棺」、島田一男「芍薬の墓」と初読作で面白いものが多かった。