ミステリー文学資料館編『「ロック」傑作選』

ミステリー文学資料館編『「ロック」傑作選』



 ミステリー文学資料館編の探偵雑誌アンソロジーの新シリーズ第一弾。「幻の探偵雑誌」シリーズは戦前の雑誌を対象にしたが、この「甦る推理雑誌」シリーズでは戦後刊行された雑誌を扱う。
 <ロック>は<宝石>刊行の前の月にいち早く創刊された専門誌である。タイトルのLOCKは鍵の意味。 1946年3月創刊から1949年8月別冊までが探偵雑誌で、その後カストリ雑誌<情艶小説>もしくは<情艶読切>に変身し1950年4月までの刊行が確認されている。
 出版とは無縁だった素人がつくっていろいろ足りないところはあったが、横溝・角田の本格長編の連載があったり、積極的な新人募集をしたり、発刊当時は<宝石>のライバルと位置付けられる雑誌であったという。
 今回は小説の初読作が少なく三編しかないのが残念。それだけ定評のある質が高い作品を集めたアンソロジーになっているわけではあるが。

 横溝正史「花粉(『笹井夫妻と殺人事件』の内)」は、ラジオ放送用の台本に手を入れたもの。彫刻家が逮捕された殺人事件にご近所の若奥様が挑む。 初読。 推理クイズ並みのネタだが、流石に仕上がりがよい。
 横溝はこの<ロック>に戦後代表長編の一つ『蝶々殺人事件』を連載している。

 北洋「写真解読者」では、ゴビ砂漠に消えた白系ロシア人写真家の友人だった考古学者が日本の妻へと託された遺品を運んでくるが、それが何者かに狙われる。 短いながらもスケールが大きい。小栗虫太郎香山滋の秘境冒険小説の系列に位置付けられる。
 <ロック>の懸賞によりデビューした新人の第一作。京大で湯川秀樹に学んだ原子物理学者で、本作にもその経歴が反映されている。早世したために作品は少ない (→作品目録)。

 角田喜久雄「緑亭の首吊男」は、加賀美捜査課長ものの一つ。殺人と自殺のあった酒場で加賀美はビールを注文しつつひたすら粘る。その眼力の前にすべては見透かされる。
 戦前は時代ものに傾斜していた角田が加賀美シリーズで探偵小説に帰ってきた。<ロック>には『奇蹟のボレロ』の連載もあった (→作品目録)。

 大下宇陀児「不思議な母」は、とある疑惑が氷解して喜ぶ母が、不審がる子供たちに将来読ませるための手記を書く。今の夫が前の夫を殺したのではないかという恐ろしい疑い。愛する気持ちと憎む気持ちの相克の果て。そして子供たちへの思い。長い年月の情感が伝わってくる。
 大下の戦後の作風はこの作のように家庭内の秘密や不信による人間模様を描く風に移っていく (→作品目録)。

 山田風太郎「みささぎ盗賊」は、全編擬古文で書かれた異色作。御陵を暴こうとした盗賊団がその仕掛けにやられて全滅したと聞いた土地の豪族がそのみささぎを再度暴きに行こうとする。どんでん返しの後に驚愕の結末。
 そういえばこれは光文社文庫のミステリー傑作選に入っていなかった。時代ものの短編をまとめる企画があるのだろうか。

 島田一男「8・1・8」では、歴史学の博士がエカテリナ女王の胸像で撲殺され、血文字で「818」と謎の数字が書き残された。 些細だけど現実的な密室トリックを解いた結果、犯人は五人の人物の中にいるとされた。 犯人の特定はダイイング・メッセージからなされるが、この解決はちょっと無理があるのでは。 初読。

 薔薇小路棘麿(鮎川哲也)「蛇と猪」は、つい最近『鮎川哲也名作選 冷凍人間』(河出文庫)で読んでいる。田舎の殺人事件で容疑をかけられた男の弁護に探偵役の青年は緻密なアリバイを持ち出す。鉄道ものでなくてもアリバイがつくれるのを示したのは新鮮な驚き。題名の意味はよくわからない。
 この巨匠の実質的デビューも<ロック>に掲載された「月魄」だったそうだ。

 水上幻一郎「火山観測所殺人事件」では、浅間山の噴火を観測しようとする私設の観測所で所長が射殺された事件。法医学教室の園田郁雄教授が限られた容疑者の中から犯人を探すきっちりした本格ものだが、ちょと見え見え。
 作者は戦場に赴くときに小栗虫太郎『黒死館殺人事件』を携えていったという伝説の主。鮎川哲也によるインタビューがある (→作品目録)。

 伴道平「遺書」は、新聞記者が友人の刑事に書き残した遺書。有楽町の駅でホームから落ちた女が轢断された事件の真相は、記者の兄の高校での友人との葛藤まで遡る。かなり変な話。初読。

 岡田鯱彦「噴火口上の殺人」も『岡田鯱彦名作選 噴火口上の殺人』(河出文庫)で読んだばかり。旧制高校の友人同士の風変わりな決闘事件の真相を描いて深い余韻を残す。舞台は上信国境のA火山だが、これも浅間山だろう。
 岡田も<ロック>が生んだ新人なので、この作は欠かせないところだろう (→作品目録)。

 青池研吉「飛行する死人」の初読は鮎鉄の鉄道アンソロジーだが、異様な感銘を残した。表題そのまんま、空を飛んできて雪の地面に突き刺さった死体の謎。大胆極まりないトリックに感動するしかない。
 作者には蟻浪五郎の別名があり、あと一編が読めるが作風が違う (→作品目録)。

 この巻には随筆として、江戸川乱歩対木々高太郎の探偵小説芸術論論争が載っている。議論としては収束しようがないが、「探偵小説に一人の芭蕉を」という乱歩の檄は何度読んでも心に染みる。

 さらに<幻影城>No.12(1975.12)の<ロック>特集にも触れておく。内容は以下の通り。

 山崎編集長や鮎川哲也の回想を読むと、戦後の大変な時代に悪戦苦闘して雑誌をつくっていったことがよくわかる。
 「甦る推理雑誌」のシリーズにはあまり聞かない雑誌の予告もあるが、戦後の出版界の様相をそのまま反映したものになるのだろう。


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