ミステリー文学資料館編『「密室」傑作選』

ミステリー文学資料館編『「密室」傑作選』



 ミステリー文学資料館編の探偵雑誌アンソロジーの戦後シリーズ第5弾。
 今回の<密室>は創立五十年を越えた「SRの会」がかつて出していた同人誌。1952年8月創刊、1964年休刊。当時のSRにはなかなか凄い面子が揃っていて、作者別リストを見ているだけでも飽きない。今回収録の作家以外にも丘美丈二郎島久平藤雪夫宮原龍雄など、よく執筆している。

 収録の最初は、竹下敏幸初代会長による発刊の辞。ひたすら熱い。1952年の会の設立から2000年の逝去まで、ずっと会長として会のために尽くしてこられたが、その初心を忘れなかった方だったと改めて思った。

 山沢晴雄「罠」は、<別冊シャレード>で読んだばかり。山沢としては異色作。
 山沢は複雑なプロットのアリバイものが得意で、<密室>に掲載されたリレー小説「むかで横丁」のとりを務めたことでも知られる。余技作家だったが、近年長編を執筆するとともに、その殆どの作品が<別冊シャレード>に再録された (→作品目録)。

 狩久「訣別 −副題 第二のラヴ・レター」は、実に狩久らしい作品だが、この前に最低限でもデビュー作の「落石」を読んでおいた方がいいだろう (→作品目録)。 彼が書いて<宝石>に掲載された作品を読んで、戦争で別れ別れになったかつての恋人が彼の目の前に現れる。彼女は作品に隠されたメッセージを次々に読み解いていく。初読。遺作となった「らいふ&です・おぶ・Q&ナイン」で顕著だった自己の作品に関する言及癖はデビュー当初からのものだったことを改めて知った。一方で官能的な描写のうまさも一貫している。
 作者についてはこちらを参照のこと。

 豊田寿秋「草原の果て」では、大草原の真ん中の百姓家でのこと。ロシア人の百姓は七人の日本軍人を泊めた。軍人たちの間には上官の大尉に対して確執があり、また偶然百姓の娘タチヤーナも彼を個人的な理由で恨んでいた。果たして一夜明けて、大尉は自室で死体で見つかった。初読。エキゾチックな雰囲気と状況、トリックがうまく噛み合っている。

 「呪縛再現」は、鮎川哲也(当時は本名の中川透)が変名で発表した犯人当て小説。『リラ荘殺人事件』の原型で、既に『赤い密室』(出版芸術社:1996)に収録されていたが、私は今回が初読。連続殺人の謎はほぼ同じだが、これだけ短いと呆気ない。気障な私立探偵星影竜三は解決に失敗し、鬼貫警部が交代に出馬してアリバイ崩しになっていく。 鬼貫の同僚として藤雪夫の菊地警部や宮原龍雄の満城警部補の名前が挙がっているのが同人誌的で微笑ましい。

 天城一『圷家殺人事件』は、短編の名手として知られた作者の初の長編。私はこれは今回が初読だが、改稿版の『風の時/狼の時』(私家版:1990)なら読んでいる(→作品目録)。 日米開戦を間近に控えた十一月のある日、日露戦争の智将、故圷大将の婿の圷子爵が自宅で射殺され、秘書の津中ユリも重傷を負った。子爵家の後継者である圷信義は日中戦争で傷つき、婚約者となったユリの看護でようやく回復しかけて来ていたのにここでまた大きな衝撃を受けた。ドイツと日本の二つの伯爵家の血を引く伊田検事が指揮を取るが、そこに島崎警部補が意外な仮説を持ち出す。
 『風の時/狼の時』は戦史や革命史のペダントリーが満載でその部分が面白い一種の全体小説と化していたのだが、原型の『圷家殺人事件』はかなりあっさりしていて、そのため返って話の意図がわかりにくい。『圷家』読了後に『風の時/』の終章とあとがきを十年ぶりに読み返して、同じ話のはずなのにこうまで違うのかと唖然としてしまった。はっきり言って、前例のない動機が原型のままではまず全く理解できない。改稿版の方も商業出版するわけにはいかないものか。

 「SRの会」で創作を載せた同人誌は<密室>以降は出ていないが、今でも探偵小説の鬼の溜まり場として健在であり、かく言う私も会員である。


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