ミステリー文学資料館編『「新趣味」傑作選』

ミステリー文学資料館編『「新趣味」傑作選』



 ミステリー文学資料館編の探偵雑誌アンソロジーの第七弾。
 青年向け総合雑誌だった<新青年>でまず探偵小説が盛んに特集されたが、初めての探偵小説専門誌が同じ博文館から発行された<新趣味>である。 1922年1月に創刊され、翌年11月関東大震災の影響で休刊となる。 通巻23号。
 短い発行期間だったがその懸賞募集の果たした役割は大きい。 江戸川乱歩登場の前にいろいろな作家がまだ投稿家としてのデビューをこの雑誌で飾った。本巻に甲賀・角田・葛山・本多・山下と処女作が並んださまは壮観である。

 甲賀三郎「真珠塔の秘密」は、博覧会で展示された壮麗な工芸品の真珠塔がそっくりの模造品にすりかえられたという事件。民間探偵の橋本敏の活躍を友人の岡田が記述するというホームズ譚を踏襲した形式で、第二作「カナリヤの秘密」までこれと同じ。作品の出来としては習作で並一歩手前。初読。
 作者は当時は農商務省臨時窒素研究所技師。<新趣味>ではこの入選作のみで、後に<新青年>で活躍していく。

 角田喜久雄「毛皮の外套を着た男」では、銀行に預けられた夜光珠が巧妙な詐欺にあう。支配人の依頼を受けた探偵は捜査に乗り出す。これも並の出来。初読。
 作者はこのときまだ十六歳。これ以降まだ在学中ながらも本職の作家になるまでに長い投稿活動が続く。

 葛山二郎「噂と真相」は、旧制中学の寮で噂になった決闘事件の顛末。 主人公は退学の危機にさらされ、とある思いを固める。 小品ではあるが、青春小説としての瑞々しさがある。
 作者は後に「股から覗く」(1927)で本格的にデビューする。主な作品は国書刊行会の『股から覗く』にまとめられている (→作品目録)。

 本多緒生は処女作の「呪われた真珠」と、あわぢ生名義でのシリーズ第二作「美の誘惑」を収録。これで「蒔かれし種」さえ探してくれば本多の初期の青年探偵もの三部作全部が読めるようになった(→作品目録)。作者がなぜ二つのペンネームを持つようになったかは鮎川哲也の『幻の探偵作家を求めて』に詳しい。
 持ち主に災いをもたらしながら転々とする呪いの真珠にまつわる連作。第一作ではヒロインの姉の死と恋人との出会いが描かれ、第二作では友人の家庭での悲劇を二人の間の書簡に基づいて推理がなされる。第一作の方は初読。ちょっと古めかしいがいちおう工夫を凝らそうとしており悪くはない。三作目が代表作ということになっているので<新青年>の巻ではこれが入るだろうか。

 山下利三郎「誘拐者」では、綿布問屋の娘がさらわれてその部屋から脅迫状が発見される。探偵の慧眼はある手掛かりを追うが……。初読。 なんだか後年の乱歩の「*黒手組*」(1925)を思わせる。乱歩のこの自作に対する評価が低いのはこのためだったかも。
 山下利三郎は、<新趣味>で四回当選という実績が認められて<新青年>に抜擢、乱歩のデビュー作「二銭銅貨」(1923)とともに「頭の悪い男」が並べられた。この時点では甲賀三郎や横溝正史よりも評価されていたことになる。このアンソロジーにたびたび入って読める作品が増えるのは個人的にはうれしいのだが(→作品目録)。

 呑海翁「血染のバット」では、大学野球の選手が撲殺死体が見つかる。現場に残されたバットから疑いはその好敵手に掛かる。 短い枚数で展開が慌しいがわりとよくまとめられている。
 この作者が<新趣味>で最も活躍した投稿者だったそうだが、正体不明。

 蜘蛛手緑「国貞画夫婦刷鷺娘」は、錦絵の掛け軸に隠されていた謎の絵図の解読。暗号はさらに暗号を呼び隠された宝についての期待は高まる。 一見まっとうな暗号ミステリー。ポオの「黄金虫」は言及されるが同じ年の乱歩の「二銭銅貨」は出てこない。話の持っていき方がちょっとうまい。初読。
 この作者はこれ一編のみ。

 石川大策「ベルの怪異」は、大陸を舞台の軍事探偵もの。ブラゴヱチェンスクの陸地測量部から西伯利亜の金鉱区の地図が紛失し、ちょうど大陸まで出張していた鬼黒田の異名を取る黒田惣六が駆り出される。 初読。
 ホームズものの翻案といってもいい完全な焼き直し。雰囲気はそれなりにいいのだが。このシリーズは全十三話が連載されたようだが、それらの元ネタが気になる。

 国枝史郎『沙漠の古都』は、架空の作者による小説の翻訳という形で連作として掲載された。スペインのとある市で多くの人に目撃された光る獣人が市長を脅かす冒頭。 二人の敏腕な探偵、身元を隠した支那の貴公子、謎の土耳古美女、奇怪な術を使う秘密結社の首領と、回を追うごとに個性的な登場人物が揃い、中国西域の沙漠や魔都上海、南洋の秘境と舞台も推移していく。全ての筋が拾えずに終結してしまうが、その奇想は充分面白い。初読。
 作者は伝奇小説作家でこの頃代表三作のひとつ『蔦葛木曽桟』を連載中。

 <幻影城>No.20(1976.7)の<新青年>&<新趣味>の懸賞小説特集のうちで<新趣味>の分の内容は以下の通りで本書と重なっている。

 各作家のデビュー作の初読のものは嬉しいが、その出来映えにはさすがに今まで読めなかっただけのことはあると思わされてしまった。枚数の制限も大きいのだろうが。
 どうしても古色蒼然という感じが強いが乱歩登場以前の雑誌ということではそれも当然である。夜明け前の風景を楽しませてもらった。


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