ミステリー文学資料館編『「探偵趣味」傑作選』

ミステリー文学資料館編『「探偵趣味」傑作選』



 ミステリー文学資料館編の探偵雑誌アンソロジーの第二弾。
 江戸川乱歩デビューの二年後の1925年4月に関西の愛好家が集まり「探偵趣味の会」を結成した。その機関紙として1925年9月に<探偵趣味>が創刊される。以下、1928年9月休刊まで丸三年、通巻34号。日本探偵小説創生期の同人誌である。
 「探偵趣味の会」は1926年より1929年まで年度別傑作選『創作探偵小説集』を春陽堂より刊行もしているが、それは1994年に復刻され現在も手にすることができる。

 紙幅の都合かコントのような短い話が多い。
 横溝正史「素敵なステッキの話」は作者の<新青年>編集者時代の身辺スケッチか。私は正史は代表長編数作の他は殆ど読んでないに等しいのでこの話も初読。なんだか新鮮で楽しい。

 角田喜久雄「豆菊」で主人公は助手席に美女を乗せ見事なクライスラーで疾走する。後部席からは豆菊の花束が香る。軽快な好短編。

 大下宇陀児「老婆三態」は「老婆と水道」「老婆とアンテナ」「老婆と鼠」の三本。老婆三人の死に様を描いたもの。初読。かなり悪趣味。人情派で知られる作者にこんなのがあるとはちょっと意外。

 城昌幸「墓穴」はお得意の掌編。初読。佳作。アンソロジーの中にこんなのが一編でもあると、かなり得した気持ちになれる。

 水谷準「恋人を喰べる話」は作者の代表短編の一つ。タイトルから想像しかねないようなおぞましい話ではない。一人残されたものの静かな悲しみが伝わってくる。
 水谷は<新青年>の名編集長として知られるが、その前に<探偵趣味>でも二年半ほど実質的な編集長を務めている。まだ御存命のはず。傑作集など編まれてしかるべき作家なのに、本人が生きているうちは自分の著作は出したくないと言っていると聞いたことがある。春陽文庫の<探偵CLUB>に入ったのは復刻だからか。アンソロジーへの収録は多い(→作品目録)。

 春日野緑「浮気封じ」は、犯罪も何もなしのショートコント。初読。
 他の作品も読めなくはないが(→作品目録)、本名星野龍緒、大阪毎日新聞記者としてジャーナリストの立場から探偵小説創生期に関わった功績の方が大きい。乱歩とともに「探偵趣味の会」の発起人である。

 山下利三郎は、<新青年>に乱歩と全く同時に登場し、計四回もライバルのように並べて作品を掲載されたが、作家としての技量の差はどうにもならず消えていった。今読めるのは数編(→作品目録)。『探偵小説四十年』の昭和二年の休筆期の放浪に関連して、乱歩の故人に対する回想が載っている。しみじみと物悲しい文章である。
 「流転」は、通り掛かりの放浪者を招き入れて聞いた話。主人公はそれを小説にして雑誌に発表したが……。どうにもありがちな話である。初読。

 橋本五郎「自殺を買う男」は、自殺買いたし、という奇妙な新聞広告の影にあった逸話。話の意図が完全に読みきれたわけではないが、哀しさに胸を打たれる。佳作。初読。
 作者の長編『疑問の三』が<幻影城>に再録されているが未読。短編も数編読めるが、海底での殺人とか精神病院で聞かされた話とか、どの作もなかなか趣向を凝らしてある(→作品目録)。

 久山秀子「隼お手伝い」は、浅草の女掏摸(スリ)隼お秀をヒロインとするシリーズの一編。この話ではお秀は私立探偵の富田おじさんに協力して色物席に出ていた三味線引きの毒殺事件を解決する。初読。
 久山秀子は覆面作家で、本当は海軍兵学校教師である男性。このシリーズはひそかに着目している。全二十数編だそうだが上記「探偵趣味の会」編『創作探偵小説選集』復刻版にも収録されていて、現在6編読める(→作品目録)。また<幻影城>での中島河太郎の紹介文によりそれ以外の9編の内容もわかる。
 なかなか器用な才の持ち主らしく、「代表作家選集?」(1926)では隼と子分が掏ってきた原稿と言う形で江戸川乱歩、谷崎潤一郎、甲賀三郎、小酒井不木の四作家の文体模写に挑んでいるという。乱歩のものは隅田川散歩作「闇に迷(まごつ)く」だそうだ。これはぜひ読んでみたいが、どこかでアンソロジーに入れてもらえないものか。
 (以下ネタばれのおそれがあるため一部反転)
 ところで乱歩の傑作「*陰獣*」(1928)の解決編にこんな下りがある。

 これが久山秀子のことなのは言うまでもない。また、乱歩が小説作法として*既存のトリックの裏返し*を執拗なまでに繰り返し行っていたことから考えると、*久山秀子の存在自体*が「*陰獣*」のプロットを生んだと容易に想像できる。即ち「*陰獣*」は久山秀子のパロディだったわけだ。
 そうすると、江戸川乱歩と久山秀子は1920年代においてお互いにお互いをパロディにしあうという稀有の関係をつくっていたことになる。
 こんなことを考えていると楽しくて楽しくてたまらない。

 本田緒生「ローマンス」は、暗号めいた紙切れが引き起こした騒動。初読。
 作者のデビューはかなり早い時期。初期の秋月探偵ものは古めかしいがそこそこ読める。他の作品は軽めのものが多い。当時の作品よりも<幻影城>に一編だけ発表した「謎の殺人」の方が話題に上る(→作品目録)。

 一条栄子「無用の犯罪」は、数十年間誤配なしの名物男として知られた郵便配達夫の爺さんがただ一度起こした事件の顛末。初読。
 作者は女流作家のはしり。作風が確立する前に結婚して筆を折ってしまったという。近年<創元推理>で特集が組まれたことが記憶に新しい(→作品目録)。

 夢野久作「いなか、の、じけん」は、田舎で暮らす久作自身の身の回りで発生したと思われる事件を集めたもの。これは<探偵趣味>掲載分のみ。このうち「一ぷく三杯」は久作の全作の中でも最高級の傑作。『ドグラ・マグラ』なんかとは全然方向性が違うけれどね。

 地味井平造は牧逸馬=林不忘=谷譲治の実弟で本業は画家。残した作品は少ないがどれも忘れがたい印象を残す(→作品目録)。
 「煙突奇談」は、製菓工場の煙突に頭から突き刺さっていた死体から想起された飛行幻想。作中でも言及されているが、イメージは正にシャガールの絵。
 角田喜久雄「秋の亡霊」(1928)も同じような発端の話だったのだが、当時そんな事件があったのだろうか。作者が違うと料理方法はかくも異なる。

 織田清七は小栗虫太郎の別名である。一般に小栗は「完全犯罪」で鮮烈にデビューを飾り、新人離れした筆力で次々に傑作秀作問題作を著していったと思われている。だが、そんな彼にも雌伏の時代はあった。
 修行時代で唯一活字になった「或る検事の遺書」では文章の晦渋さ、発想の突飛さで後の小栗虫太郎の片鱗は感じられるが、まだ憑き物が憑いていない。

 土呂八郎「手摺の理」では、電気工場の職工が同じ職工仲間に殺意を抱いて犯罪計画を練る。道具建て的にはプロレタリア文学。葉山嘉樹や佐左木俊郎もそうだが、この頃のプロ文は怪奇小説と紙一重である。初読。
 作者は<探偵趣味>にこれ一編のみを残す。

 龍悠吉「怪人」では、素人音楽会の夕べを欠席した歌い手はその夜に無残な首吊り死体で見つかった。彼女を愛するピアノ奏者は、突然出演を申し込んできて音楽会の後にいずこへか消えた自称船乗りのバイオリニストを犯人と指摘するが……。この結末は結構驚いた。初読。
 この作者も二編のみの掲載。

 渡辺温は、渡辺啓助の弟で<新青年>の編集者。その将来を嘱望されたが若くして事故死した。その作品は現在もかなり読めるが(→作品目録)、近々東京創元社から作品集が刊行されるという。
 「兵士と女優」では中央アジアの戦争から帰ってきた兵士が女優と語らい戦争を風刺する。これも珍しい話で初読。

 平林初之輔は評論家、ジャーナリスト、社会運動家。39歳の若さで留学先のパリで客死するまでに理論・実作の両面で探偵小説の創生期に残した足跡は大きい(→作品目録)。
 「頭と足」は、特種を狙う新聞記者同士のつばぜり合いを描いた掌編。初読。

 長谷川伸は「沓掛時次郎」「一本刀土俵入」などで有名な劇作家。創生期にはいろんな人がごったに書いているのが魅力の一つである。
 「戯曲 谷音巡査」では、無理心中事件でどちらが持ちかけたのかと男側と女側であい争う家族の間に谷音巡査が割って入り見事な解決をつける。もちろん初読。探偵ものとしてはたいしたことなくても、こういう味も悪くない。

 牧逸馬はひとりで三つのペンネームを使い分けて書きまくったが、この名前では『世界怪奇実話』と探偵小説が多い(→作品目録)。私は『世界怪奇実話』は大好きなのだが他の作品は入手し損ねて読んでいない。
 「助五郎余罪」では、侠客助五郎が笛の師匠が投げ捨てられた事件から金儲けを企む。東京の江戸情緒がよく伝わる。初読。

 小酒井不木「段梯子の恐怖」は掌編。敢えて素材のままで放り出し、話をどう発展させるかは読者に委ねている。おそらく全集にも未収録の作品。初読。

 甲賀三郎「嵐と砂金の因果率」は、崖の上に立つ廃屋で三年ごとの暴風雨の晩に繰り返される惨劇を語った因縁話。探偵小説らしいつくりものの魅力がある。初読。

 江戸川乱歩「木馬は廻る」は探偵小説ではなく人情話。その昔江戸川乱歩全集を頭から読んできてこの話まで来たとき、なんだか肩透かしを食ったような思いがしたものだった。だが、木馬館のラッパ吹きの中年男がもぎりの少女に寄せる慕情というのはいかにも乱歩らしい味でもある。

 初読のものがかなり多く嬉しかった。一部を除いて作品の質もそんなに悪くはない。
 なお<幻影城>No.23(1976.10)の<探偵趣味>特集の内容は以下の通り。
 やがて東京に乱歩や正史らが転居し編集部も移ったために会と雑誌は東西分裂状態になる。
 そして常任編集の水谷準が突然<新青年>編集部に入ることになり<探偵趣味>は命運を絶たれる。予告されたリニューアルも不発に終わった。
 雑誌が潰れるときの話はいつも哀しい。

        [2001.01.30]

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