[創作]
ミステリー文学資料館編の探偵雑誌アンソロジーの第四弾。
戦前に大出版社だった春秋社が探偵小説に乗り出したきっかけは夢野久作『ドグラ・マグラ』の出版だったという。その後、創作探偵小説募集で蒼井雄『船富家の惨劇』を生んだ。その版元が探偵雑誌を発行することは、先行誌の<ぷろふいる>にとって脅威だったとその編集長の九鬼紫郎は語っていたが、<探偵春秋>は1936年10月創刊、1937年8月終刊、通巻11号と短い寿命で終わっている。文藝出版社の発行により評論等で充実した内容となった。
木々高太郎「債権」で、大心池先生のもとを奇妙な症状の患者が訪れる。その男は高利貸しだが、家人の訴えによると金勘定に関する細かさが病的に進み親子関係夫婦関係の愛情までも金に替えて収支を合わせようとするのだという。その男の変死体が見つかり、珍しくも大心池先生が実地調査に出向く。『13の凶器』に採られているように今ではお馴染みのあるトリックの先駆的作品だが、それよりも男の異様な熱情とそうならざるを得なかった状況に思いを馳せることになる。
渡辺啓助「血のロビンソン」で、シカゴの古物商に勤める語り手は長椅子の中から一冊のアルバムを見つけ出す。それはロビンソンなる自称詩人の署名入りで『血ぬられたる花』と題され、各国の十二人の美女の写真が貼ってあった。語り手は最終ページにあった日本代表の織田真弓の失踪の新聞記事を読んだことを思い出す。写真をはがすと裏には姓名とともに殺害場所年月日が記入されていた。ロビンソンは忌わしい殺人魔なのか。文字以外のもので作品を記す芸術家というのは啓助らしい発想。作者の初期短編の一つ(→作品目録)。
酒井嘉七「京鹿子娘道成寺」は、先の「両面競牡丹」と同じく長唄ものの一編(→作品目録)。著者が入手した古書に記された内容を語るという設定。娘道成寺の清姫役の踊り手が変死した。観客が見守る中舞台の上の被害者に近づくものはなく、また鐘が上げられたとき残されたのは死体だけだった。彼に三味線の撥を投げつけて殺したのは何者か。探偵小説黎明期のトリックを大胆に勘案。日本情緒との融合が独特の味わいとなる。
西尾正「放浪作家の冒険」は、フランス帰りの漂泊詩人樹庵から聞いた話。パリの暗黒街の淫売窟で彼は日本人の売春婦が殺されるのを目撃する。いち早く逃げ出した彼に追っ手までかかる。事件の犯人たちにも、警察にも怯えて暮らす彼のもとに尋ねてきた者は。初読。この作者は怪奇ものが得意だが、こんな外国だねのものもいくつかあるようだ(→作品目録)。
光石介太郎「皿山の異人屋敷」は、田舎の山の頂上に立つ奇怪な西洋館の事件。語り手の医師は麓の村に住む友人に手紙で呼び寄せられた。暴雨風の夜、花嫁が待っていると言い残して友人は消えた。彼を追って異人屋敷を訪れた語り手が目撃した異形のもの。途切れ途切れにしか真相は語られない。だがそのため返って読者はここに至るまでのいくつかの物語を想像させられる。初読。
光石介太郎は怪奇小説の名手である。現在読める作品は数少ないが(→作品目録)、私はこの作者の「霧の夜」と「空間心中の顛末」が凄く好きなのでこうして作品が再録されるととても嬉しい。
蘭郁二郎「鱗粉」では、若者でにぎわう夏の海岸で人目を惹く美少女が衆人環視の中で刺し殺されていた。
出だしは派手だがトリックはどうもありきたり。結末のぶっ飛び加減はまるでいただけない。初読。なんだか作品を数読むほど自分の中での蘭の評価が下がってくるのは困ったものだ。この時期より後のSF先駆作品になるともっと面白いに違いないと信じたい(→作品目録)。
蒼井雄「霧しぶく山」は、<幻影城>にも日本探偵小説全集(創元推理文庫)にも収録されているので正直なところまたかという感じ(→作品目録)。他に適当な創作がなくて仕方なかったのだろうが。
霊山大峯山の古道を辿る旅は恐怖にみまわれた。霧の中に燃え立つ妖光。無残な死体と残された殺人告白書。山の悪天候で洞窟に閉じ込められ、どこからか女の呻き声を聞く。
異様な雰囲気に取り憑かれた情痴的殺人。後味は極めて悪い。
評論・対談の部では何と言っても木々高太郎「探偵小説芸術論」と甲賀三郎「探偵小説十講」。有名な論争だが、こうして原文に当たれる機会は稀なこと。両者の第一回からが創刊号に掲載されていた。木々の主張はまだ間接的にも知られるが、甲賀の具体的な主張はあまり知られていない。探偵小説の限界をセイヤーズ『大学祭の夜』を引用して語るくだりは圧巻だった。甲賀の稿が四回で中絶してしまったのは惜しい。
第二のブーム到来に沸いた探偵文壇も<探偵春秋>休刊で専門誌は<シュピオ>一誌となる。その<シュピオ>も翌年1938年に休刊。そして戦争へと時代は傾斜する。