『江戸川乱歩の推理教室』
『江戸川乱歩の推理試験』
ミステリー文学資料館編のアンソロジー。この二冊は推理クイズをまとめたもの。
元本は江戸川乱歩編『推理教室』(河出書房:1959)で当時の新進作家のクイズの書下ろし作品を集めたもの。遥か後年に文庫版の江戸川乱歩編『推理教室』(河出文庫:1986)+も刊行されたが元版の収録作が全編は収録されなかった。
この二巻で元版『推理教室』の全二十五編を完全収録した上に、<週刊スリラー>に連載された乱歩監修推理クイズから十編を選んで併せて収録した。
また『江戸川乱歩の推理試験』には、<週刊明星>に「推理試験」として一挙掲載された五編が収録されている。
その他にもクイズという括りで江戸川乱歩が絡んだいろいろなものが収録されている。
新進作家によるクイズは短いながらもそれぞれその作家らしい個性が発揮されていて面白い。シリーズ探偵が登場しているものもある。この頁的には現在なかなか読めない戦後の探偵作家が多数執筆しているのが実に嬉しい。
楠田匡介「影なき射手」は、殺し屋に狙われていた顔役が密室内で射殺された謎。この作者が創案した普通に推理クイズでお馴染みのトリックのもの。
「第三の穴」で、化学会社の社長は甥と秘書によって殺されて、その死体は建設中のプールの基礎工事の穴に隠された。警部の追求により甥は白状したが、その穴から死体は見つからなかった。これは今一つ。推理クイズとして成立していない。
「表装」では、奇人として知られる日本画家が死んだが、その五千万円とも言われる遺産が見つからなかった。画伯自らが表装した屏風を引っぺがしてみたが札束は出て来ない。
前半は画伯の奇行振りを面白おかしく記述するがそれがそれなりに伏線として効いた。クイズとしては申し分ない。
作者の脱獄ものは傑作選があるが、本格ものもどこかでまとめてくれないものか
(→作品目録)。
仁木悦子「月夜の時計」では、助教授夫妻が月夜の晩に襲撃されて妻の方は死んだ。月光に照らされた中で夫が見た置時計で事件発生時刻は特定されたが。誤認トリックと思わせてフェイント。
飛鳥高「飯場の殺人」では、護岸工事の飯場で世話焼きをしていた男が殺されて後には謎の足跡が残っていた。トリックがどうこうと言うよりも、ブランドのある作品を思わせる結末はなかなか。
「にわか雨」では、雨の日に日本風の庭のあずま屋で女性が死んでいた。女性の足跡と持ち物にはいくつか矛盾があった。状況が文章ではよくわからないので正答するには難しい。
「無口な車掌」では、城西バスの車掌の美和子の継母が殺されるという事件があって、コンビを組む運転手の「私」はその様子を見舞いに行った。クイズというよりも奇妙な味の短編小説。
「車中の人」では、犯人を尾行して小松刑事はバスに乗り込む。その後で延々と乗客の様子を説明して、さて刑事が張っている犯人は誰かというのが問題。それほど引っ掛けは難しくないが、これも奇妙な着想である。
「薄い刃」では、大学教授の未亡人が薄い刃物で殺された。同居していた甥、女中、亡夫の弟子の誰にも気づかれなかったのは流しの強盗の仕業としても不自然に思われた。
これはクイズとしては不適切。短編小説として完成させればそこそこのものになったであろうが。
「落花」では、競輪狂いの男が村で一軒しかない飲み屋から自宅に帰る途中で死んだ。ちょうど桜の季節が終わる頃のことだった。
この話は今一つだった。
初期以降の飛鳥高はトリック以外にも何かの趣向を盛り込もうとしている。作品がクイズとはいえこんなにたくさん読めたのは嬉しかった
(→作品目録)。
鮎川哲也「不完全犯罪」は、失恋した男が恋敵を抹殺しようとする倒叙もの。指紋には気を使ったはずの彼が手抜かりをしたのは一体どこか。実に理に落ちる話だった。
「魚眠荘殺人事件」では、法律事務所に勤めるヒロインは遺産相続の件で千葉の幕張の漁村の魚眠荘を尋ねる。そこには遺産を分けられるかもしれない故人の三人の身内が集まった。だが、遺言状を携えてきた弁護士の先生が門前で殺されてしまった。
犯人当てとしては引っ掛けがなさ過ぎる。
永瀬三吾「四人の同級生」では、料亭「月の家」の女将に懸想した四人組はみなが同じ小学校の同級生だった。その中で勝者が決定した晩に、失恋した一人が料亭の裏の絶壁から身を投げて死んだ。さらにその二日後に女将と結婚するはずの男が殺されてしまった。
クイズというよりも本格短編になりそうなトリックであった。
「自殺狂夫人」では、夫の浮気の証拠が会社の金庫にあると思って大騒ぎした社長夫人が会社の裏庭で死体で見つかった事件。これはあからさますぎて今一つ。
「呼鈴」では、来客していた歌手とアトリエで密会していた画家がピストルで射殺された。他の来客にしても不在だった夫人にしてもそれなりに動機もあって怪しかった。
呼び鈴の意味、川を泳いで逃げたのかのような犯人のそぶりの意味などなかなかよい。
この作者は<宝石>の編集長も勤めたが、作品は現在はあまり読むことが出来ない。これらのクイズから本格物もなかなかこなしたことがわかる
(→作品目録)。
千代有三「語らぬ沼」は、スキーに来た四人の男女のうちで一人が死んだ謎。彼女はスキーを履いたまま沼に落ちて溺死していた。
解決編が短すぎて詳細がよくわからないが、それなりに納得できるトリックだった。
「殺人混成曲」では、定年退職した男がその帰りに踏切事故にあって持って帰ったはずの退職金百五十万円が消えていた。ところが、死体は死後轢断で本当の死因は心臓の刺傷だった。
クイズの問題としてはどうかと思わないでもないが、ちょっと人生を感じさせる味がある。
作者の作品は現在読めるものが殆どないが、その中でクイズの割合は高い
(→作品目録)。
佐野洋「土曜日に死んだ女」は、パロディ仕立て。五人の男を恋人にしていた女が死んでエンマ大王のところへ来た。エンマ大王は男五人にオニを派遣して絶対嘘のない供述を取る。突飛な設定でパズルを成立させている。この解決はずるくてよろしい。
「三人の容疑者」は、三人いる容疑者からアリバイの供述を聞いて偽物を指摘しろというもの。クイズとして手堅い。
「あるエープリール・フール」では、書店の主任が店員の三人娘に暗号を解いてみろと挑戦する。ところが解いたものの三通りの答えが出てきてしまった。
長田順行編『ワンダー暗号ランド』(講談社文庫:1986)で既読。幾通りも答えがある暗号という発想は面白い。
宮原龍雄「消えた井原老人」では、被服工場に入っていった借金取りの老人の死体が女子事務員によって応接室で発見されたが、人が駆けつけると既に消えていた。工場の守衛所でもその前の派出所でも老人の出て行く姿は確認されていなかった。これは力作。不可能犯罪を構成する方法だけでなくそうしないといけなかった理由も明確にされた。満城警部補の事件簿の一編として相応しい。
「湯壺の中の死体」では、会社社長の死体が温泉地の別荘の湯壷の中で見つかった。事件の起きたのは社長の誕生日の宴会の真っ最中で、動機のありそうな者はみなアリバイがあった。
純粋な物理トリックでこれはちょっとやさしい。
精緻な本格短編の数々を残した作者の力量はこうしてクイズでも発揮された
(→作品目録)。
岡田鯱彦「毒コーヒーの謎」では、家庭教師の大学生が毒殺された。彼は生徒の母親と不倫関係を結んでそれを種に脅迫していた。この謎はちょっと単純すぎる。
「深夜の殺人者」では、金融業の社長が一人帰宅した自宅で殺された。
いくらなんでも手を抜き過ぎ。つまらない。
岡田は傑作選に収録の短編でも粗雑なものがあるから、普段の出来はこんなものなのか
(→作品目録)。
多岐川恭「眠れない夜」では、ノンプロ野球チームの鬼コーチがバットで撲殺されて、その疑いは厳しく当たられた選手たちにかかった。トリックはそれほどたいしたものではないが、犯人の悲哀はよく伝わってくる。
「干潟の小屋」では、定職がなくてぶらぶらしている青年が干潟の小屋で殺されて、そこに出入りした足跡の主と思われる友人が失踪した。三人組の残り一人によると二人は女のことでいがみ合っていたそうだ。
クイズ問題としてよりも犯人の動機に驚いた。今も不景気といってもここまで酷くはない。でもそのうちそうなってしまうのだろうか。
鷲尾三郎「ガラスの眼」では、望遠鏡で他人の濡れ場を覗いていた主人公の目前で殺人が起こる。だが、死体を運び出す自動車をつけていったところ、どこにも寄らずに帰ってきたのに中にあったはずの死体は消えてしまった。死体消失のトリックは結構すごい。よく考えると粗が多い状況設定ではあるのだが。
「死の超特急」では、大阪に出張する会社社長が特急はとの車内で毒死した。
社長は次の日の夜には東京に帰ってくる予定で、そのときまでにと借金を催促されている人間が複数いた。
トリックはあるがおとなしめ。
「バッカスの睡り」では、別荘に招かれた客がスケート中に氷が砕けて湖に転落して死亡した。危険を示す標識が沖にずらされていたためにそれは殺人だと判断された。トリックは古典の引用。
これだけでもトリック・メーカーだった作者の力量の片鱗はうかがえる。傑作選が一冊あるが他にももっと読みたいものだ
(→作品目録)。
樹下太郎「貨車引込線」では、殺人の容疑をかけられたまま行方不明になった画家の展覧会を見に行った恋人は「貨車引込線」という表題の絵に隠されたメッセージに気づく。これも『ワンダー暗号ランド』)で既読。絵に隠された暗号という着想が面白い。
「孤独な朝食」は、会社社長が医者から継続的に砒素を盛られていると警告される。可能性があるとしたら朝食だけで、容疑者となりうるのは家庭内の四人だけ。
トリックはそこそこ。それよりも主人公の孤独な心境が印象に残る。
「孤独な朝食」もそうだが、作者が得意としたのは叙情的な作品である
(→作品目録)。
大河内常平「サーカス殺人事件」では、雨で公演を打てないサーカスで芸人たちが自棄になった挙句に残忍な殺戮が起こる。思い切ったトリックはあるものの、クイズにするより短編にした方がよかったと思うが、それならそれで乱歩のオマージュになってしまうか。
「競馬場の殺人」では、将来を嘱望されて大馬主の娘とも婚約した新進騎手が障害物レースでまさかの転倒事故を起こして馬もろとも死ぬ。彼の周囲には嫉妬に燃える男女がいた。競馬の専門知識がそれなりに必要だが面白い。旧作「ばくち狂時代」の焼き直しである。
戦前作家が論創ミステリ叢書でどんどん刊行されていったので、今読めないのは作者などの戦後作家である。そろそろ再評価されないものか
(→作品目録)。
山村正夫「孔雀夫人の誕生日」では、孔雀夫人と仇名された美貌の未亡人が自室で射殺された。現場には夫人に恨みを持つ者と複数のピストルが入り乱れていた。
いかにもの犯人当てだが、手がかりが割りとあからさま。
「見晴台の惨劇」では、資産家の娘と婚約した男が別荘から少し離れた岬の見晴台の下で溺死体で見つかった。彼は水泳選手で尋常なことで溺死するとは考えづらかった。これもあからさまで引っ掛けも何もなし。
「密室の兇器」では、老彫刻家が自分の工房で胸を鋭い刃物で突かれて死んでいた。現場は完全な密室状態にあった。これはまあまあ。いかにもクイズというネタではあるが。
山村正夫は推理クイズに熱心だった作家ということだそうだが、この程度のものならクイズ・ファンにはともかくミステリ・ファンには物足りない。
土屋隆夫「見えない手」では、劇団の女優が劇団関係者が集まった劇作家のアパートの洗面所で刺殺された。犯人は透明人間のように居合わせた人々の目から逃れたとしか思えない状況だった。実によく組み立てられていて、クイズとしても申し分なし。
「九十九点の犯罪」は、弁護士が妻を殺そうとする倒叙もの。愛人の助力もあって完璧なアリバイが打ち立てられたように思えたが。あからさまにミスが書かれているが見落としてしまった。
流石に戦後本格の巨匠の手によるものだけにどちらも面白い。
渡辺剣次「とどめを刺す」では、密室状態のアトリエで被害者は日本刀で背中を突き刺されてその切っ先は床をも貫いていた。あたかも昆虫の標本をピンで留めるかのように。それなりに鮮やかなのだけど、密室にする必然性が薄いような気がする。
作者はアンソロジーや評論書『ミステリイ・カクテル』が有名だが、実作ももっと読んでみたい
(→作品目録)。
桂英二「小さなビルの裏で」は、守衛が三階建てのビルの屋上から落ちて頭を修理工場のモーターにぶつけて死んだ事件。この問題文で何が起こったかに気づけというのは無理だと思う。
作者は翻訳家阿部主計の別名と認定されている。
これらの中で印象に残ったものといえば、
正統派が土屋隆夫「見えない手」、宮原龍雄「消えた井原老人」、永瀬三吾「呼鈴」、
奇妙な味が飛鳥高「飯場の殺人」、多岐川恭「干潟の小屋」、千代有三「殺人混成曲」、
怪作が大河内常平「サーカス殺人事件」、鷲尾三郎「ガラスの眼」、佐野洋「土曜日に死んだ女」
といったところか。
その他、乱歩が何らかの形で関係したクイズがてんこ盛り。
「江戸川乱歩の頭の体操」は、<夕刊朝日新聞>に掲載されたコラムで本書では埋め草扱い。
「諸君は名探偵になれますか?」は、<少年>に掲載されたクイズ付きの懸賞で明智探偵と少年探偵団員との掛け合いのもの。乱歩が書いたものではないらしい。
「奇怪なアルバイト」「霧にとけた真珠」は、やはり少年向け雑誌に掲載された小林少年を主人公とするもの。前者は「悪魔の命令」とともにソノラマ文庫の三巻本のアンソロジーに収録された。これらは乱歩の大人向けの長編を少年探偵団ものにリライトしていた氷川瓏の手によるものだと言われている。
「犯人は誰だ」は<サンデー毎日>に掲載されて探偵作家三人が解答を寄せた。
「宝石商殺人事件」「精神分析医の死」は<キング>に掲載されたもので、出題に対して対話形式で解答している。これらは『屍を』(春陽文庫:1994)にも収録された。
やっぱり『江戸川乱歩の――』というタイトルだと売れ行きがいいのだろうか。今回は特に好企画だった。次は何だろう。