探偵趣味の会編のアンソロジーの二巻目。この巻からは年間傑作選となり、大正15年−昭和1年(1926年)の作品を収録する。
またしても江戸川乱歩が先頭。そしてこれも傑作の「鏡地獄」。少年時代からレンズや凹面鏡の魔力に魅了された男。そばにいてその病の昂進と破滅までを見届けた友人が全てを物語る。イメージの奔流に圧倒されつづけ、その終局には人外の妖しき魔境を垣間見る。真の天才による名品である。
平林初之輔「秘密」では、妻に隠し事をして昔の恋人に会いにいった男が陥った苦境。錯綜する運命に玩ばれて自殺に追い込まれる姿を描くが、もう一ついただけない。それでもこれも代表作の一つではあるようだ(→作品目録)。
久山秀子「チンピラ探偵」では、隼お秀が赤倉男爵殺しの謎に挑む。車中で狙撃されて死亡した男爵だが、最後に会食を共にしたのがなんとお秀だった。彼女は紙入れとともに掏り取った手帖から容疑者の目星をつける。お秀の探偵眼は案外と鋭く真犯人を暴くが、犯人には温情をかけてやる。初読。この作で登場した人物がその後もシリーズに関わってくるらしいが詳細は不明(→作品目録)。
石浜金作は、川端康成らと第十六次「新思潮」に参加した新感覚派の作家。
アンソロジーに収録されている「変化する陳述」もかなり妙な話だったが
(→作品目録)、
「都会の幽霊」はそれに輪をかけて変。前者での狂言回しの作家橋場仙吉がこちらでも登場する。
暗い衝動に駆られて都会の夜を徘徊する人々。その生態を描きながら橋場も作者自身も闇の中へ踏み込んでいく。この壊れた感触は凄いような酷いような。初読。
地味井平造「煙突奇談」は作者の代表作でアンソロジーに収録される頻度が極めて多い(→作品目録)。洒落た絵画的なファンタジー。
城昌幸「都会の神秘」は都市幻想譚。機械文明の冷たい狂気に取りつかれた都会の神秘と運命を雄弁に語る男。一つの想像のはずだった殺人事件がいつしか実体化する。
話そのものが冷たく精緻な味わい。
春日野緑「開いた口」は、「浮気封じ」と同じく青野大五郎を主人公とするシリーズものの一つ
(→作品目録)
。引っ越しの際に何の気なしに紫檀の机を屑屋に十五圓で売り払ってしまった彼は、細君にどやされて買い戻そうと大汗をかくことになる。ユーモア小品。初読。
片岡鉄兵はやはり新感覚派の作家で忘れ去られた石浜金作よりもずっと大物。
「椅子の脚の曲線」では、探偵小説家を志す男が夭折した詩人の遺稿に隠された謎を解こうとする。初読。小品ながらも乱歩の「二銭銅貨」(1923)、「黒手組」「日記帳」「算盤が恋を語る話」(1925)の系譜を継ぐれっきとした暗号小説だったのには驚いた。暗号を解く行為自体が謎の究明に寄与せず断絶があるところも踏襲している。文壇作家もこんな技巧的なものを書いていたなんて時代の雰囲気を感じさせられる。
川田功「偶然の一致」は、書いた戯曲が初めて雑誌に載った男の有頂天の様。漏れ聞いた男女の会話を自作のラジオ放送と思い込んでさらに増長する。初読。これは最初からネタが割れていてどうしようもない。作品が殆ど残っていないのも無理はないと思わされる
(→作品目録)。
甲賀三郎「悪戯」は一時の激情による殺人の悲惨な末路。屍体の描写は誠に不気味。掌編ながら作者の初期代表短編の一つ。
小酒井不木「印象」は、女の復讐心というテーマで産科医により語られた話。肺結核を患った外交官夫人は、お腹の子で不実な夫に復讐すると北斎の青鬼の絵を執念を込めて見据えていた。
後に夢野久作「押絵の奇蹟」(1929)で扱われる妊婦が強い刺激を受けたときに胎児にその影響が現れるという現象を取り上げている。作者得意の医学ホラーで結末はリドルストーリーとなる。なかなかの佳作。
牧逸馬「百日紅」は、外国を放浪して日本に帰ってきた金持ちが百日紅を切っ掛けに過去の回想に耽る。初読。
最初期の作品で(→作品目録)、
主人公が作者自身を思わせるがたいした仕掛けがあるわけでもない。
松本泰「秘められたる插話」は隣の家の老婆が殺された事件と妻の不審な行動の関連。初読。理知的に謎を解くのでもなく、人情話で感動させるのでもなくただただ中途半端。凡作。やっぱり松本泰は探偵小説がなんたるかを全くわかっていない
(→作品目録)。
水守亀之助は自然主義後期の作家らしいが初耳。「失はれた書籍」では、ようやくの思いで長編小説を自費出版しようとした男が製本屋からの運搬中に本が消えてしまい右往左往する。細君や製本屋主人、果ては警察をも巻き込んで騒動が広がっていくが、それが頂点に達したとき出てもいないはずの本のファンレターが届く。それなりに読めるが種明かしされると呆気ない。初読。
水谷準「恋人を喰べる話」は、愛するものを失った喪失感が悲痛な
作者の初期代表短編。この頃から作者は特徴的なロマンチシズムを身につけてきたようだ
(→作品目録)。
大下宇陀児「山野先生の死」では子供が主人公で文章も「ですます」体。生徒二人と先生一人が亡くなった傷ましい水の事故。要太郎は死んだ花枝さんのことを思い出すたびに自分でもわからない気持ちになったが、父や花枝の父など大人たちは集まっては難しい話をしていた。
初読。著者が作品に子供を好んで登場させるようになるのはもっと後年のことだと思っていた。無邪気な子供の視点から陰惨な事件を描くことにある程度成功している。
佐々木茂索は芥川竜之介の弟子で後に文藝春秋社長となった菊池寛の盟友。
「読脣難」は、銀座の喫茶店でよく遭遇する婦人のこと。
七つばかりの女の子を連れた彼女はその表情の大きな変化が印象的だった。
初読。元祖日常の謎風だが、作者自身は自作を探偵小説と思っていなかったそうだ。
角田喜久雄「あかはぎの拇指紋」は、ある慈善家の殺害事件の真相。犯行は怪盗あかはぎによるものだと世間的には考えられていたのだが、狂人とされた青年が自分が犯人だと主張する。
作者の最初期の作品でまだ習作ぽいが、それでもテキスト的な仕掛けがあってぎょっとする。
山下利三郎「藻くづ」はある空想家が独身生活を貫いたわけ。切々と語られるが作り過ぎの上に身も蓋もない落ちがつく。初読。乱歩最初のライヴァルだが、遥かに水をあけられている(→作品目録)。
横溝正史「飾窓の中の恋人」は、M町の呉服屋下総屋の飾窓中の人形に恋をした青年の話。題材に比して扱い方が即物的過ぎる。
初読。これが書かれたのは上京して博文館に入社したばかりの頃のはず。正史の編集者時代の短編の雰囲気はこんなものだと思えばいいのか。
全20編中既読が8編。この巻だけ文壇作家が4編も入っている。だが群小作家のいくつかのものよりは確かに読ませるので政策的なものでもなかろう。
初読のものでは大下宇陀児がよかった。