探偵小説趣味の会編『創作探偵小説選集 第三輯』

探偵小説趣味の会編『創作探偵小説選集 第三輯』



 探偵趣味の会編のアンソロジーの三巻目。この巻は昭和2年(1927年)の年間傑作選。

 江戸川乱歩はデビュー後四年目、専業後二年目にして早くも第一次休筆に入ってしまって収録作品なし。「無駄話」はタイトルの通りだが、休筆時の放浪旅行のことや名古屋の大須ホテルの便所に叩き込んだ「押絵と旅する男」の初稿のことに触れている。

 平林初之輔「誰が何故彼を殺したか」は、誰からも嫌われていた男が殺された市井の事件。迷宮入りしたこの事件の真相を語り手は新聞記事から推理する。文芸評論家らしくドストエフスキーが引かれたりも。このころは精力的に小説を発表していたようだが、中身はやはり彼の推す健全派の探偵小説である (→作品目録)。

 久山秀子「刑事ふんづかまる」では、宿敵高山刑事が音頭を取るスリ掃討作戦に対する隼お秀の逆襲。小品だがきちんと伏線も貼られてハウダニットになっている。初読。このシリーズは女スリが主人公という設定のためにきわもの視されてあまり評価されていないが、つくりはかなり端正で作者は凡手ではないと私は思う (→作品目録)。

 地味井平造「魔」は、Z島のある町で起きた事件。果物屋の親父がひとりの子供を追いかけ始めたことが大騒動につながる。町じゅうの人間が何者かに脅かされてあたふたする有り様はまるで魔に憑かれたよう。作者のものでは「煙突奇談」と並ぶ傑作ファンタジー (→作品目録)。

 城昌幸「殺人淫楽」は、女優を舞台監督と照明係の面前で斬り殺した男の陳述。自らが陥った心情を切々と語る。ひとつの思いに凝り固まった恐ろしさ。作者は幾分の哀惜を持ってその顛末を記述する。

 小舟勝二「昇降機」は、百貨店に勤める昇降機の運転手から聞いた話。不正を働いた運転手は動揺のあまり無残な最後を遂げる。初読。作者の小説はみんなデパート絡みだ(→作品目録)。都会の怪談の成立の現場に立ち会った人物なのかもしれない。

 甲賀三郎「拾つた和銅開珍」は、少年時代に拾った古銭に隠された財産の謎とそれにまつわる殺人事件。私立探偵木村清の功名譚。初読。アリバイづくりの方法に妙案あり。でもさほど面白いとは言えない。

 小酒井不木「死体蝋燭」は、暴風雨の晩に寺の本堂で和尚が小坊主にしたある告白。雨月物語を換骨奪胎した語りは迫力充分である。不木にしてはちょっと珍しいタイプの話であった。

 国枝史郎「奥さんの家出」では、小さな遊園地を散歩する男がついてくる女に自分の妻の家出について語る。探偵小説というよりもユーモア小説。初読。作者の名前が書いてなかったら、絶対に国枝史郎のものとは思わない。私が知らないだけでこの手のものは大量にありそうだ。
 小酒井不木が発起人の耽綺社がこの年発足だが、これに国枝史郎が加わっているのも単に地元名古屋だからというわけでもないかもしれない。

 葛山二郎「股から覗く」では、自分の股の下から逆さまの風景を覗くことを常習とする加宮という男が殺人の現場を目撃する。その習癖のために加宮はやがて事故死するがその直前にある錯覚に気づく。事件そのものはありきたりなのだが書き方が極めて奇矯で味がある。
 作者はこれ以前に「噂と真相」で<新趣味>の懸賞に入選してデビューしているが、<新青年>の懸賞で第一席になった本作が実質的なデビュー作とも言われる(→作品目録)。

 牧逸馬「一九二七年度の插話」では、横浜に支那料理を食べにいった芸術家の夫妻が古道具屋で露西亜製の衣装箱を買ったことで巻き込まれる騒動。初読。なにげに異国趣味がにじみ出ている。これは他では読めないちょっと珍しい作品のようだ(→作品目録)。

 瀬下耽「柘榴病」は、ひとけが絶えた島に辿り着いた航海者が見つけた死体に握り締められていた遺書の内容。海賊の末裔と思われるその島の住人が奇病で全滅したのは、一人の医師の悪心のためだった。ポオを思わせる美しく精緻な怪奇小説。
 作者は葛山二郎「股から覗く」が一席になった懸賞において「綱」で第二席を取りデビューし、これが第二作 (→作品目録)。

 渡辺温「可哀相な姉」は、唖の姉と二人きりで暮らしてきた少年の語り。自分は姉を喰べて大きくなってきたようなものだと述懐しつつも、姉から離れて一本立ちしようとする。その前に姉の正体を見届けようと花売りに行く姉のあとをつけるが。ちょっぴり物悲しい少年の日への決別の寓話。
 本作は作者の代表作だが、この年に他にも傑作が集中している(→作品目録)。

 山下利三郎「素晴しや亮吉」では、普段おとなしい馬に振り払われて落馬し入院した男が深夜の病室でまたもや何者かに襲われる。見舞いに来た探偵小説狂の小学教授がその謎に迫る。初読。かなり無理があるんじゃないかと思うが、一番無理なのはかつて「頭の悪い男」で大ボケをかました吉塚亮吉が名推理を披露すること。まさかシリーズキャラクターとは思わなんだ (→作品目録) 。

 横溝正史「山名耕作の不思議な生活」は、作者の初期短編の一つ。あまりにも吝嗇漢めいた倹約生活を続けてきた山名耕作の夢とそれのあえない破綻。コント風。

 「楠田匡介の悪党振り」は連作短編。戦後の同名の探偵作家楠田匡介はここから名を取った。第三話をアンソロジーで読んでいるが、それ以外は初読。
 大下宇陀児「第一話 火傷をした楠田匡介」では、朝鮮満州を放浪し花火の行商をしていた楠田匡介は相棒ともども大火傷を負う。病院で相棒と取り違えられたことをよしとして、自分が死んだことにして相棒の財産の横領を謀るが……。
 水谷準「第二話 笑ふ楠田匡介」では、銀座に舞い戻ってきた楠田匡介。不良青年の仲間に入りゆすりたかりで小銭を稼ぐ。毎晩のように大料理店「コスモポリタン」に通ってくる不思議な洋装の女をつけた匡介だったが。
 妹尾アキ夫「第三話 人肉の腸詰」では、新聞広告に引かれ匿名の紳士の依頼を引きうけた楠田匡介。横浜のとある家に忍び込むが、そこで絶体絶命の危機に陥る。
 角田喜久雄「第四話 流れ三つ星」では、都会の空に禍の象徴の花火「流れ三つ星」が上がる。楠田匡介はその謎を解けと秘密結社の頭目C.C.から賭けを迫られる。
 山本禾太郎「第五話 一枚の地図」では、楠田匡介の別居中の妻澄子が殺された。逮捕された匡介は検察側と弁護側の激しい攻防のさなかに立たされる。
 延原謙「第六話 唄ふ楠田匡介」では、釈放されまたも都会の生活を謳歌する楠田匡介。だがその彼を脅かす者がいた。それは彼と同じく顔に火傷の跡を持つ男。そして、……。
 妹尾アキ夫の第三話だけが独立してアンソロジーに収められたのは納得。一番できがいいし単独でも読める (→作品目録)。山本禾太郎は前年の「窓」でデビューだが、この作者らしい裁判記録形式 (→作品目録)。 延原謙は後に横溝正史の次の第三代<新青年>編集長となるが、新潮文庫のホームズの翻訳でも有名。
 悪党振りというか、小悪党振りを毎回楽しく読んできたので陰惨な結末はちょっと残念。

 この年は早くも変化が感じられる。乱歩の失速。そして台頭する新人たち。
 全20編中既読が9編。この巻の売りはやっぱり楠田匡介だろう。


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