おそらくは自費出版本。著者には講談社ノベルズに『予告された殺人の記録』(1991)があるが未読。
昭和7年7月、探偵作家の卵の「私」こと上野一平は、友人の田辺に誘われて秋田県田沢湖畔で過ごすようになった。田辺は土地の実業家、三垣豪造の書生だが、三垣の経営する旅館に江戸川乱歩がお忍びで滞在しているという。当時の乱歩は度重なる編集者からの催促に耐えかねて放浪の旅に出ていたところだった。
豪造の元には謎の人物から脅迫状が届き、彼は事件の解決を乱歩先生と、同じく旅館に滞在していた小松竜ノ介という探偵に依頼する。ところが、豪造の長女の誕生パーティーの夜に予告どおり殺人事件が起き、しかも犯人の姦計により豪造の屋敷と旅館は外界から孤絶してしまう。殺人現場には被害者が書いたと思われる奇妙な図形が残されていた。
作者は乱歩が大好きで、本当に乱歩の側で探偵小説作家になりたかったのだろうと思わせられる。好感は持てる。だが、力の入りどころが何か間違っているように感じられた。
作中の物理トリックはかなり気合が入っている。図面が連続して6枚も入っていてびっくりしてしまった。しかし、今どきこんな物理トリックを使われてもどうしたものかと思ってしまう。
犯行現場に残されたのは、乱歩の中絶作「悪霊」に出てくるのと同じ図形であるが、それの意味付けはかなりうまくできていて感心した。ところが、この事件の後に書かれたはずの「悪霊」がなぜ中絶になったか、全く触れていない。肝心なところがすっぽり抜けている。
文章は平易でそれなりに読みやすいが、一部に変な描写もある。きちんと編集者の手が入っていればと惜しまれる。