プロバビリティーの犯罪

プロバビリティーの犯罪


 夜の散歩中、自動車の運転手に呼び止められた。通行人をはねてしまって医者を探しているのだという。近所には設備のいい外科医院と下手な内科医院があったが、わざと下手な方を教えた。そこに運び込まれた怪我人は手当てのかいもなく死亡し、運転手は罪に問われた。

 その家には小さな子供がいて、夫婦の寝室は二階にあった。子供の小さな人形を階段の途中に置いておいたところ、夜中に起き出した妻が、階段を転落して首の骨を折った。もちろんこれは不慮の事故として処理された。

 家は燃えていた。焼け出され茫然としていた若妻に
 「奥さん、あなたのお子さんがまだ中にいますよ!」
と告げると、火の中に駆け込んでいった。彼女は焼死体で発見されたが、二人の子供は無事だった。もとより中にはいなかったのだ。

 右に述べた三つの事例には共通する点が二つある。第一には犯罪とは言えないことである。最初の例で責めを負うのは自分の義務を果たした運転手や医者であるし、二番目の例は犯罪であることすらわからない。三番目の例では、火事場で何を言おうと聞きつける者もいないし、仮に聞かれようと、本当にその時はそう思ったんだ、と強弁すれば済むことである。
 第二に、これには偶然の要素がかなりの強さで関わるということである。怪我人は持ち直すかもしれないし、階段を必ず踏み外すとも限らない。火の中に飛び込む前に人に止められるのは大いにありうることである。
 よってこれを蓋然性(プロバビリティー)の犯罪という。各々の犯罪が成功する確率は小さい。だが、それを無限に繰り返してやることによってその確率は必ず1となる。そのとき殺人が遂行される。相手の喉をかき切ったのと同じくらい確実に。しかもこの種の犯罪を法で罰することは絶対に不可能である。
 ここで筆者の言いたいのは、読者の愛妻が酒や煙草の買い置きを切らさず、御馳走ばかり作るときには、密かに生命保険に加入させられていないか調べた方が懸命ではないかということである。



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