不遇な作家たち −天藤真と広瀬正

不遇な作家たち −天藤真と広瀬正


 このほど創元推理文庫から天藤真推理小説全集が刊行されるそうだ。誠にめでたい。角川文庫の絶版本を探し回った日々が夢のようである。
 天藤真というと、私には不遇な人という印象がついて回る。さらにまた境遇と作風の類似からもう一人の作家の名前が浮かんでくる。だれあろうSFファンの間に今も熱烈な支持者を持つ広瀬正である。さて、いかなる点で両者は似ているのか。


 両者ともその早すぎる死によって愛読者たちを打ちのめした。両者ともとても寡作で良心的な作家であった。残された長編は天藤10作、広瀬5作。
 両者の作品については、平明で暖かくユーモアとペーソス溢れる作風だと共通して言われている。とってもしみじみした味わいがある。
 だが、両人とも一筋縄でいく人たちではない。ある種の短編や長編の一部からはぞくりとするようなすさまじい冷気が襲ってくる。天藤なら「私が殺した私」「背面の悪魔」、あるいは『炎の背景』中のおっぺの母親のエピソード。広瀬なら極めつけ、「鷹の子」。
 天藤の経歴を見るとわかる。彼はこの世の地獄を見てきた人なのだ。広瀬にそれに匹敵する体験があったかどうかは私は知らない。だが、彼らの暖かさ、明るさはそうした全てを飲み込んだ上で到達した地点なのではないか。私にはそう思えてならない。

 また両者ともミステリーやSFのつぼを押さえつつ独自の世界を展開する作家である。そのジャンルに徹底的に浸りながらもその枠に囚われない、どこか口当たりの良さのようなものがある。
 かつて私は某所で「天藤真はマニア受けする作家か、それとも一般受けする作家か」という議論をしたことがある。これについては結論を見なかった。私は一般人にも受け入れやすい作家だと思っていたが、マニア受けしかしない作家だとの声が大きかった。いかがなものだろう。この点もひょっとして両者共通の特徴ではないか。

 蛇足になるが、題名の付け方が極めてヘタなところもなぜか似かよっている。天藤の大傑作『大誘拐』の唯一の欠点は題名であるし、広瀬の『マイナス・ゼロ』や『エロス』にしても題名からはあんな内容とはとても想像できまい。

 そして両者は賞に対してはとことん不遇だった。
 広瀬は『マイナス・ゼロ』『ツィス』『エロス』と三作連続して直木賞候補にとどまった。『鏡の国のアリス』の中では登場人物に自分のことを万年直木賞候補作家と揶揄させている。
 天藤の処女長編『陽気な容疑者たち』は、第8回江戸川乱歩賞(1962年)で最終選考まで残ったが、受賞作は戸川昌子『大いなる幻影』佐賀潜『華やかな死体』で、同じく次席に塔晶夫『虚無への供物』という結果。これだけ傑作が集中した年は乱歩賞の歴史の上でも他にあるまい。そして私はまだ戸川ファンや佐賀ファンに会ったことはないが、天藤真や中井英夫のファンは山ほど知っている。
 『大誘拐』(1978年)は私の日本ミステリーオールタイムベスト10に確実に入る傑作であるが、これで推理作家協会賞を受賞したときもとんだケチがついた。スポーツ新聞が天藤の受賞作を3年前に公開された松竹映画『喜劇・大誘拐』と酷似しており、盗作ではないかと騒ぎ立てたのである。誘拐されたおばあちゃんが犯人たちを手玉に取るという設定が似ても、題名まで盗むものはあるまいに。温厚で知られる作者がこのことに対しては、折角頂戴した協会賞の看板に泥水を引っかけられたような気がした、との口吻を漏らしたという。

 ここで名作『大誘拐』は別格として、天藤真の私見ベスト3を挙げる。

 『陽気な容疑者たち』
 誰からも憎しみを買っていた強欲社長がトーチカのような密室で急死した。密室を破るために大勢の警官が一昼夜ガンガンやるは、バーのマダムの女傑が乗り込んでくるは、桃谷村は大騒ぎ。大笑いで読ませてもらったが、最終章「英雄去来」には万感胸を打つものがある。

 『炎の背景』
 ヒッピーのおっぺとピンクルは謎の組織の巨大な罠にはめられた。那須の大別荘の屋根裏に死体とともに閉じこめられて焼き討ちにあう。彼と彼女は炎の中から決死の脱出を成し遂げ、執拗な追跡をかわして原野を駆ける。頼りになるのは自分たちだけ。心に傷を負ったものたちが命を張った戦いの中で癒されていく過程が美しい。

 『鈍い球音』
 <東京球団>の桂監督が東京タワーの展望台から失踪した。トレードマークの髭だけを残して。日本シリーズの裏でうごめく陰謀か。極秘取材に当たる新聞記者たち。さらにはヘッドコーチまでも消失。急遽監督代理となった若武者コーチは奇想に見えて限りなく冷徹な<桂用兵>で試合に挑む。私は野球は大嫌いだが、本書は大好きだ。

 さて、作家にとって、読者にとって、最たる不遇はやはり本が入手できないことであろう。天藤真はここ10年そんな状態だった。一方、広瀬正は集英社文庫の小説全集が今現在品切れとなっている。
 だが、それでも信じたい。我々読み手が声をあげ続けることで、ほんとうに優れた作家と作品は何度でも甦るということを。
 私は信じたい。彼らが不滅であることを。



<追記>
 集英社文庫の広瀬正小説全集は、1996年初夏に重版された。

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