本名同じ。大正一一年一六才にてデビュウ。これは正史の一年後、乱歩の一年前。海軍水路部技師を経て専業作家となる。
長編*『発狂』はデビュウ直後の作品で執念の復讐劇です。トリックも巧みで落ちも効いていました。少し習作ぽかったけど。
それから、二人の人物の対決が破局を呼ぶ「底無沼」、奇抜な着想の(とは言っても地元ではこれが日常茶飯事のような気がするが)*「死体昇天」、異色の怪奇小説(どう形容したらいいかわからん)「蛇男」等がその時期の作品です。
けれども、喜久雄の作風は次第に伝奇時代小説に傾斜してゆきました。そちらの代表作は+『妖棋伝』などですが、私もそこまでは手を広げていません。
しかし、敗戦後GHQにより時代小説が厳禁されると再び探偵小説に意欲を燃やしました。*『高木家の惨劇』『奇蹟のボレロ』の二長編は、横溝正史の諸作と共に本格長編時代の先駆けとなりました。(その後に坂口安吾の*『不連続殺人事件』と高木彬光の台頭が続きます。)正史が封建的な農村を舞台にしたのに対し、喜久雄は混乱期の荒廃した都会を背景としました。
*『高木家の惨劇』は異常の血が流れる資産家一族に起こった殺人事件。個性的な登場人物がいわくありげに振舞う。物語の半ばで犯行が機械仕掛けによるものであることが分かります。でも、そこからが本番、二転三転、読者を翻弄します。心理的トリックより低級と見做される機械的トリックに敢えて挑んだ作者の心意気が感じられます。
『奇蹟のボレロ』の方は、発端の不可解性と犯人の計画の緻密さが見所です。
両事件を解決したのが加賀美啓介警視庁捜査第一課課長。沈黙を最大の武器とする大兵剛直な警部です。
加賀美物の短編としては、「霊魂の足」「Yの悲劇」「緑亭の首吊男」等がありますが、出色はなんといっても*「怪奇を抱く壁」です。喫茶店で奇妙な男の行動を目撃したことから加賀美は事件に巻き込まれます。じっと推移を見詰める加賀美の前にクライマックスは向こうからやって来ます。執念と戦慄の、そしてなによりも激しい情愛が吐露される終局が。
加賀美物以外では、「恐ろしき貞女」*「沼垂の女」*「悪魔のような女」、クラブ賞受賞の*「笛吹けば人が死ぬ」なんかが佳品です。どれもみんな女が怖い。
喜久雄の情熱は、一時期の爆発が過ぎるとまた時代物へ移って行き、現在は創作から遠ざかっています。