海野十三[明治三〇−昭和二四]
本名佐野昌一。逓信省電気試験所に勤める傍ら、科学小説を書き続け、後に日本SFの父と呼ばれる。H・G・ウエルズに私淑。筆名の由来は、麻雀で運と実力の割合を問われたときに「運の十さ」と答えたからだと言われているが、由来を尋ねられる度に新説を披露していたという話もあるのであまり当てにはならない。ジュウザ、ジュウゾウ、二通りの読み方が流布している。丘丘十郎(おか・きゅうじゅうろう)の別名でも活躍。本名では電気関係の解説書を執筆。
彼の作品の代表的な主人公は理学士探偵帆村荘六だが、この読み方もショウロクだかソウロクだかはっきりしていない。シャーロック・ホームズにかけてショーロック・ホームラという説(鮎川哲也)と炎(ほむら)蝋燭にかけたという説(横溝正史)がある。
海野の作品集としてはハヤカワの『十八時の音楽浴』と桃源社の海野十三傑作集昭和四四・四五年版(沢村さんからお借りしました。)、同五五年版があるが、そこから漏れた作品は各種アンソロジーや<新青年><幻影城>等を漁るしか読みようがない。現在読むことのできる海野作品のいかに少ないことか。確かに彼の作品の大部分は駄作なのかもしれない。しかし、名のみ知られる名作があるのはどういうわけか。海野はもっと発掘再評価されるべき作家だと思う。
前置きが長くなったが、作品紹介を始める前にあと二言だけ付け加えたい。
「人間灰」読みたいよお〜
「キド効果」読みたいよお〜
<狭義の探偵小説>
海野の探偵文壇へのデビューは昭和三年「電気風呂の怪死事件」。私は神田の古本屋でそれが載った<新青年>を見つけ、大枚三千円を払って買いましたが、読んでみて少々失望しました。理化学的な小道具はあるものの単に猟奇だったという印象しか残らなかったのです。それもそのはずで当時の編集長の横溝正史の手落ちですっかり他人の文章で書直されていた代物をそのままのっけてしまっていたのです。というわけで彼の持味のすっとぼけた文体が完全に消えていました。やっぱり高い買い物だったなあ。
さて、なにはともあれデビューした彼は、最初は本格探偵物に取り組みましたが、次第に嗜好は科学小説の方に向いてきました。そういうわけで彼の作品の内でミステリの割合は少なく、現在読めるものは帆村物の「省線電車の射手」(鮎川哲也編『シグナルは消えた』)と「急行列車の花嫁」(同『見えない機関車』)しかありません。前者は本格的なパズラーで理化学的トリックを用い伏線も巧みな佳作です。後者は通俗スリラーで突進する急行列車の中で起こった怪事件を扱っています。
<SFミステリ>
海野のSFミステリは傑作ぞろいです。「俘囚」(横田順彌編『日本SF古典集成』)「赤外線男」「人間灰」「振動魔」「三人の双生児」等々。ミステリの形をとりながら、そこから一歩踏み出した作品ばかりです。そしてこれらは読後に痛烈な感銘を残します。こんな話を書けるのは他に香山滋と佐野洋ぐらいしかいないけれど、彼らも極少数の作品しか書いておりません。香山はまあ四作。佐野は傑作は「金属音病事件」だけ。私は非常に残念に思っています。なぜなら今の凋落しきった本格推理小説の再生への糸口が海野のこれらの作品群の中に隠されていると感じるからです。
では、個々の作品について。
「俘囚」
魚子夫人は愛人松永と計って夫の室戸博士を殺害した。ところがその翌日松永の勤める銀行で奇怪な事件が起こった。直径十五センチの送風パイプから侵入した強盗が現金三万円と番人の内臓をそっくり盗んでいったのだ。脅える魚子の前に殺したはずの夫が現われ……。
こんな事件は帆村以外の紙上探偵には絶対解けません。フェアプレイは期待しちゃだめですからね。
『蝿男』はそれを発展させた長編です。こちらは名探偵帆村荘六対凶賊蝿男!といった感じの通俗物。面白かったけれど蝿男が最後に割と呆気なくやられちゃうのがどうもねえ。二十面相も二十一面相もだが、悪役はしぶとくなくちゃいかんのだ。
「赤外線男」
肉眼では見ることのできず赤外線でのみ感知できる人間がいた!人の目が効かない暗黒の中で殺人を重ねるそれ……。最後に意外などんでん返しがあります。
「人間灰」は未読ですが、例の赤い雨が降るやつです。
「振動魔」
堕胎を絶対に承知しない人妻に柿丘秋郎の仕掛けた罠は音響振動波だった。共鳴を起こした子宮は震え胎児は堕ちた。ところがそのとき、彼の身に重大な異変が……。
この作品の探偵は警視庁巡査田辺八郎ですが、角川文庫版ではそれが帆村になっていました。
「三人の双生児」
幼少の頃に別れた双子の妹を探すヒロインの身の周りに起こる怪事件の数々。ラストが非常に怖い。
あともう一つ通俗長編の『深夜の市長』があります。深夜の散歩を趣味とする主人公は、殺人事件に巻き込まれ”深夜の市長”と名乗る不思議な老人に出合う。老人は現実に夜の住人たちを支配していた。その老人の正体は?
面白いのは面白いのだけど作品中のSF的な殺人はあまり筋に生きていませんでした。
<SF>
海野十三はだいたいガーンズバックと同時代人だと思っていいようです。ガーンズバックが実作はせいぜい未来予測SFしか書けなかったのに比べると海野のイマジネーションのいかに豊富なことか。確かに作品に関する不平不満は山ほどあります。でもそれは現代の目で見るからです。孤立無援の中でSFのために闘い続けた先駆者としての存在をもっと評価すべきではないでしょうか。
「十八時の音楽浴」
海野SFを代表する作品。音楽を使って大衆を洗脳する独裁国家を扱って管理社会の風刺をし、また政治と科学技術の相克という問題を皮肉的に描いたもの。小道具の使い方もうまい。
「生きている腸(はらわた)」
人間の腸を大気中で飼育することに成功した医学生がそれと百二十日間も同棲する話。そうしたグロが海野特有のあの突拍子もない文体で語られると、なぜかとても奇妙な味の作品になってしまうのです。
「放送された遺言」
廻析式変調受信機なるものを組み立て異星からの通信をキャッチしようとした男が聞いたのは「自分の星があと十分で破壊されてしまう。」という奇妙な遺言だった……。
小粒ながら気に入りました、この話。
「特許多腕人間方式」
ほのぼのとしたユーモアSF。落ちも楽しい。
「大脳手術」(横田順彌編『戦後初期日本SFベスト集成』)
恋人に唆されて自分の脚を売り払った主人公は、彼女が別の男に彼の脚を貢いだことを知って激怒した。復讐の念に燃えた彼は彼女を必死になって探すうちにおちぶれ、続々と自分の体の器官を売り払っていった。そしてとうとう脳以外は全部他人の安物の体になってしまった主人公は……。
移植技術の描写が工学的で面白い。免疫のことをまるで考えていないのがいかにも電気屋さんらしい。
「ヒルミ夫人の冷凍鞄」(横田順彌編『戦後初期日本SF古典集成』)
整形外科の天才、美貌のヒルミ夫人が肌身離さぬ冷凍鞄の中身は?背筋の寒くなること請け合います。
”金博士”シリーズ
横田順彌絶賛のこのシリーズは『日本SFこてん古典』に「人造人間戦車の秘密」の粗筋が、『古典集成』に「地軸作戦」が載っています。大天才科学者で億万長者でクンセイに目のない金博士とその奇想天外な発明品をめぐるコミカルな軍事SF。
<少年小説>
海野十三は少年小説の分野でも健筆をふるいました。彼の目指す科学小説を悦び理解してくれたのは大人よりもむしろ子供たちだったからです。”そして、それら少年むけSF群は多くの少年をSFファンにし、その〇.〇一パーセントほどをSF作家にしたのである。”(石原藤夫)
海野の少年小説はSFと軍事物に大別されます。SFは『地球要塞』『火星兵団』『海底大陸』『地球盗難』等、軍事物は『太平洋魔城』『浮かぶ飛行島』『怪鳥艇』等。内容はまあいいでしょう。みんな血沸き肉躍るといった感じのものです。中にはこれからという所で話が終ってしまうのもありますが。
大東亜戦争下において海野は軍事科学小説を書きまくり、海軍報道班員として南方に赴き、帰国後には講演のために東奔西走した。石原藤夫の言うとおり彼は平和主義者だったのかもしれないが、素朴な愛国心が彼にそうさせたのだった。それが戦争協力とみなされ戦後は政府指定の追放処分を受けた。
戦時中の過労と敗戦のショック、それに盟友小栗虫太郎の急死が海野を痛め付けた。戦後の日々を彼は失意のうちに過ごし、戦争責任を見つめて死んでいった。
雪折れの音凄まじや大桜
これは彼が小栗の死を悼んで読んだ句だが、彼自身の死にも似つかわしい。海野の没後三十六年、彼の作品は彼の望んでいたとおり貴重な”捨て石”となり、今日のSFの隆盛がある。