最近入手した本。
テーマ別アンソロジーの13シリーズは密室、暗号、凶器、続・密室とあるが(→こちら)、そのうちの一冊。凶器テーマであるのでどんなものが使われたかタイトルの脇に反転させて**に挟んで書いておく。
江戸川乱歩「夢遊病者の死」では、いかにも探偵小説的な古典的なあるものが凶器として使われる。この話の裏話は間羊太郎『ミステリー百科事典』で読んだことがある。とある座談会で乱歩は自信満々にこの凶器の構想を話したところ、横溝正史に海外作品に先例があることを指摘されてへこんでしまったとのこと。正史は折角のトリックを自分の指摘のせいでかなり投げやりな形で使わせてしまったと反省していた。
確かに乱歩の初期短編のうちでは地味な作品ではある。トリックとは別に、職をしくじり父親と毎日喧嘩しながら暮らす主人公の胸中や、自分が夢遊病の発作中に父を殺したと思い込み当てもなく逃げ回る焦燥感が重苦しい後味を残す。
堀辰雄「ネクタイ難」の作者は『風立ちぬ』などで有名な純文学の作家。これがただ一作のミステリーらしい。
銀座の酒場でニック・カーター探偵が活躍するというちょっと散文詩的な構成。
詩人のネクタイの結び目に寄せる思いが恋人との微妙な関係に反映されて均衡が崩れていく。ミステリーに入れてもいいが、凶器テーマのミステリーではないのではないか。
大阪圭吉「デパートの絞刑史」は、作者のデビュー作で、名探偵青山喬介登場作品。
実にこれぞ本格短編というような嬉しくなる作である。
デパートの宿直の店員は奇怪な凶器で殺されていた。海外に類例はあるかもしれないが、作者の独創であろう。これを含んだ数作は、後年の島田荘司の豪腕トリックを髣髴させるものがある
(→作品目録)。
海野十三「点眼器殺人事件」。バカミスとしてあまりにも有名になってしまったこの作は
変過ぎて三一書房版全集から外されている。
このトリック、真相だけを取り出すとそういう扱いを受けても仕方ないが、海野の作品にはとぼけた味のものも結構あってそんなナンセンス風味を楽しめばいいと思う。帆村探偵が秘密結社に拉致されて、閉鎖状況の中で首領を殺した犯人を捜すという設定は秀逸。一連の帆村探偵ものは初期作に多い
(→作品目録)。
大下宇陀児「鉄管」では、化学研究所の研究室の密室の中で銃弾で頭を打ち抜かれた死体の謎を追う。舞台となったのは作者の職場を思わせる場所。
トリック的にはこれも古典的な作品であるが、
書かれた時期は作者の初期の理化学的トリックが勝った話から中期以降の人情話に変わっていくちょうど境目ぐらいで、両者のよさが出ている
(→作品目録)。
木々高太郎「債権」は、大心池先生の患者が変死した事件。その高利貸しの男は生活全部、親子夫婦の間の愛情までも金銭に換算して清算しようとする癖を持っていた。
大心池先生はその男に我慢できなくなった人物が殺したのだとにらむ。作中のトリックは医学者である作者により創案されて以後いろいろな作品で変奏されて用いられたもの。だが、本作においてはトリック自体よりも、死んだ男がなぜそのような性格になったかの謎の方が興味深く、どうにもやるせない読後感を残す
(→作品目録)。
妹尾アキ夫「密室殺人」は、田園調布の邸宅の密室で女主人が殺された事件の真相を、太平洋上を漂流する船の上で何者かが書き記す。
叙情的な作風の作者には珍しい、タイトルからしてガチガチの本格もの。トリックは先行例のあるものだが、ちょっと気づかない。
だが、終幕はやはり心情の哀切さである
(→作品目録)。
大坪砂男「涅槃雪」の語り手は、住職を継いだ友人を心配しその寺を訪れる。戦死したはずの兄の未亡人を娶ったところにその兄が復員して来たというのだ。しかも戦地で死に掛けた兄は性格が一変し動物的な本能だけで生きるようになっていた。三角関係がはらむ緊張が悲劇を呼ぶ。
大坪砂男はデビュー作兼代表作の「天狗」も凶器ミステリーといえないことはないが、話の眼目があるのはやはり全然別なところ
(→作品目録)。
氷川瓏「窓」では、大好きだった父親を亡くした少年がその疑いを母親とその愛人に向けていく。少年の心象風景は不安定極まりない。
最終的に起こった事件で凶器は鮮やかに印象には残るが、凶器トリックのミステリーではない。
長らく本書でしか読めなかったのが、近年は日下三蔵編『睡蓮夫人』に他の作品とともにまとまった
(→作品目録)。
狩久「氷山」では、探偵作家の日記が引用され、彼の妻とそのかつての恋人が毒死した事件の顛末が次第に明らかになる。
「落石」とともに<宝石>の懸賞に投じられた作者のデビュー作の片割れ。本書でようやく読むことができた。
「氷山」のトリックは残念ながらカーに先例があるが、構成に工夫を凝らしていてそれだけではとどまらない。
だが作品の質としては「落石」の方が上のようだ
(→作品目録)。
天城一が狩久追悼として「加里と氷」を書いている。
松本清張「凶器」は、某海外作家の短編を基にして発想されたもの。佐賀県のある村で藁工品を集荷する雑貨商の撲殺死体が見つかった。彼は他所から移ってきた未亡人に言い寄っていると噂され、疑いはその寡婦にかかった。しかし警察がどんなに捜索しても凶器が見つからない。奇妙な味の日本的情景への移植が成功している。松本清張も乱歩のようにトリックの分類をしたことがあるそうでその成果の現れである。
陳舜臣「九雷渓」の舞台は太平洋戦争勃発直前の中国大陸。主人公の日本人記者は革命家である詩人に会いたくて、身分を偽って政府軍に徴用された屋敷に潜入する。軟禁された革命家は肺病で死に掛けていたが、それでも生きる意欲を失っていなかった。
どういう話なのかなかなかわからないが、最後に至って全て腑に落ちる。
凶器トリックというよりもある趣向が肝の話である。
都筑道夫「剣の[木覇](つか)」は、外国人の詩人探偵キリオン・スレイものの第一作。タイトルはキリオンという名の語源。絢爛としたつかの飾りは本来は不必要なものだが、つかがないと剣が使えない。実社会における詩人というものも同じだと彼は言う。本作は角川文庫版『キリオン・スレイの生活と推理』では「なぜ自殺に見せかけられる犯罪を他殺にしたのか」と改題されているが、まさにその通りで射殺事件発生直後にキリオンにより現場が封鎖されたのになぜか凶器の拳銃が消失している。困難を分割せよを教科書どおりにやったような快作。
刊行後三十年近く経っているにも関わらず初読率が四割六分。他では読めないものが多い貴重なアンソロジーである。
凶器アンソロジーにも関わらずトリック一辺倒にならず小説として読みどころがあるものが選ばれている。