ホワイト,E.L.『バルカン超特急』

ホワイト,E.L.『バルカン超特急』

 消えた女

 ヒッチコックの同名映画の原作。私はあいにく映像系に極端に疎いので映画の方は見ていない。

 イギリス人女性アイリスは友達から分かれてリゾートからたった一人で帰国の途につく。駅で日射病で倒れ、危ういところで列車に間に合った彼女を中でやさしく世話してくれたのが、やはりイギリス人の中年女性のミス・フロイだった。同乗している男爵夫人の家に家庭教師として雇われていた彼女は契約を終えて懐かしい家に帰郷するところだと言う。ところが、アイリスが眠りに落ちて目を覚ますとミス・フロイの姿はない。同じ車室の男爵夫人たちに言葉が通じにくいながらも問いかけてもそんな人は最初から乗っていないと返事が返ってきた。
 ミス・フロイの安否と、そして自分自身の正気を心配し、アイリスは孤独な戦いに出る。列車内のイギリス人旅客もそれぞれの事情で関わり合いを恐れて見たはずの女性を見たと言ってくれない。唯一味方になってくれそうな若い男性もずっと彼女の正気を疑っている。そうこうしているうちに終点となるトリエステは刻一刻と近づいてくる。

 女性を主人公とした通俗サスペンスでさすがに古い。読んでいてちょっと辛くなった。あの結末はまさか映画では使えなかったろうと思う。舞台から中身から連想が行くのは無論
クリスティ『オリエント急行殺人事件』(1934)なのだが、並べて比較することさえ気の毒になる。
 ただ、旅先で巻き込まれる事件に対する恐怖はよく書けていた。言葉が通じるものがないところで厄介ごとにあっても誰も助けてくれるものはいない。あとで家族が心配しだしても自分の痕跡はとうに消えてしまっている。藤本泉の失踪事件など考えると現在もその恐怖は健在だろう。

 それからこの作品は映画とともに例のパリ万博綺譚の系列に属する話で、本文中にアイリスがかつて雑誌で読んだ実話らしい話としてそれそのままの紹介があった。『定本ヒッチコック映画術』のヒッチコックの言葉もあり、この実話(?)から『バルカン超特急』が構想されたのは間違いなさそうだ。


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