本巻はセックス&ナンセンス編。本来のユーモア編はこっちかもしれない。
性は忍法帖などでも扱われるテーマだが、現代ものではやたらとあっけらかんとした話や、当事者にとっては悲惨であっても見方を変えると滑稽な話が多い。
その一見即物的な扱いは医学を修めたことと大いに関係しているのであろうが。
「春本太平記」では、春本出版にまつわる悲喜劇がいろいろな視点から語られる。
春本の書き手はこれで生活の糧を得ようとし、出版業者は遥かな目標を見据える。高等学校校長は昏倒し、検事は走り、裁判長は愛児の誕生を待つ。
最後の二つの逸話と結末との皮肉な落差。
古今東西の名作発禁本を読み込んだ構成は流石である。
「痴漢H君の話」は、愛する娘が強姦され姿を消した復讐のためにその犯人が住む住宅地の全ての女を強姦しようと決意した男の話。自分と同じ苦しみを犯人に与えるためになら何をしても構わないというアプレゲール根性。
その強姦の成果は得意のオムニバス形式の縮小版のように語られるが、そこに二段構えの結末がつく。
なんとも凄まじく、そしてどことなく物悲しい話である。
「美女貸し屋」では、探偵作家山田風太郎が高利貸しから借金の利子を払う代わりにその妾の世話を押し付けられる。高をくくっていたがその女の食べること食べること生活費が馬鹿にならず、一方でその可愛い魅力に参ってしまい突き返すこともできない。どうにもならなくなった風太郎先生は巧妙な犯罪を計画するが……。
誘拐の身代金の受け渡しがユーモラス。でも犯罪はうまくいっても万々歳とはいかない。
「ドン・ファン怪談」では、貧乏旅行で東京に出た挙句に溜り溜った旅館の勘定を催促された五人の学生がその支払いをめぐってひとつの賭けを行う。一晩という時間、三千円という軍資金の同じ条件下で女猟りに出かけ、連れてきた女性がいちばん美人だった者には借金を免除しようというのだ。各々腕っ節、男前、調子のよさと己の得意なものを発揮しようとするが……。
それぞれが遭う滑稽な目がなんとも面白い。特に結末は馬鹿な男どもを虚仮にしたおおらかな女性賛歌である。
「紋次郎の職業」では、怠け者の語り手によるさらに輪をかけた怠け者の同級生の話。彼は女に性欲の満足を与える仕事をしていると言い、女を何分卒倒させられるかまで制御できると豪語した。
冒頭の怠け者だから医者になろうと思い、そして小説家になったという述懐は本物だろうか。空襲で数学の試験がなくなって狂喜乱舞する場面は確かに戦中日記にあったが。話自体は女をもの扱いしているように思わせても実はフェミニストの本性が姿を現す。
「童貞試験」は、花嫁の友人から花婿に出された手紙が発端。処女を捧げるにあたって相手の男が童貞かどうかを試験したいというものだったが。
往復の書簡を並べての構成。奇想天外な状況も、古強者同士の化かし合いも、予定調和のハッピーエンドへ。
「色魔」では凄腕の女たらしで知られる医師が看護婦とねんごろになった上に、今度は彼女が尊敬する女医にまで魔手を伸ばす。三角関係の行きつく先は思わぬ殺人となって破綻したが……。
ありきたりの事件と思われた裏には巧妙な工作が。女の怖さがにじみ出る。だが怖いくらいにいい女だ。
「ウサスラーマの錠」は擬古文調でつづられたラガシュの都の記録。チグリス川のほとりのこの都は人口の増加のために滅びようとしていた。預言者ウサスラーマはとある秘策を実行しようとする。
表題の錠は貞操帯のことで後の「満員島」の原型。当時の日本の風俗を風刺しているのは同じだが、こんな搦め手があったとは。びっくり。さすが鬼才である。
「女妖」は、神秘的なマダムとそれに惚れる男の行状と、それを小説に書く作家先生と編集者のやりとりのメタ構造。
女心を描いた作中作だけでもうまいなと思うのに、その枠の外ではもっとえらいことになる。小品であるが切れ味は鋭い。
「殺人喜劇MW」では、新進評論家の夫とその助手である妻の殺害依頼が別個に出されそれがかち合う。夫婦のすれ違いがテーマだが、悲劇ではなくやはり喜劇と化す。
「男性週期律」は女性の月経のような男性の自然な性周期を調べようと禁欲生活に入った五人の医学生の話。いろいろな障害にも関わらず盟約を果たそうとするがそれぞれが悲惨な最期を遂げる。
なんという黒い笑い。でもこうした突き放した視点でありながら、度し難い男というものに対する、ひいては人間への作者の愛情を感じてしまう。
「陰茎人」は、これは、鼻のあるべきところに陰茎がぶらさがっている男の話である、と一行目にあるがそのまんまである。妻に絶望した彼は家を追い出て、美・真・善を象徴する三人の女性に救いを求める。しかし、芸術も科学も信仰も、彼をどうすることもできず……。
タイトルから何から何までとんでもない。
「男性滅亡」では、放射能性廃棄物が投棄されたビキニ海域で発生した原子虱が日本中の男の睾丸を食い尽くす。自信をなくした男どもを蹴散らして女性内閣が誕生。民族の繁殖を図るために残り少ない健康な男性を保護し公娼制度が施行されるが……。
男と女の地位が逆転したらどんな世の中になるか。いやはや凄まじい哄笑である。
「ハカリン」は、処女を失った婦人の額に破瓜輪を浮き出させる注射が日本の全女性に義務付けられた中での悲喜劇。処女性の尊重をはかり道徳を再建しようということだが、本音と建前がかけ離れた世の常ゆえにてんやわんやの大騒動。
「自動射精機」は、男性の性欲処理を自動化した装置の普及の顛末。意図的に一回の使用料を下げたこの自動販売機は爆発的に流行。
男はこの新発明に夢中になり、女は驚き呆れる。
この発想は三種の神器が喧伝された1960年代ならではのものだろう。家電もしくは自動車めいた各社の売り出し文句が面白い。落ちは忍法帖に絡め取られる。
「自立神経失調同盟」は、男性機能が不自由な者の集まるクラブに誘われた作家の話。会長からは潜在会員候補者は一千万人でこれをうまくまとめれば何でも思いのままと大風呂敷を広げられるが……。
作中の秘密クラブの描写に江戸川乱歩の「赤い部屋」の引き写しがあった。前後の作品群と比べるとちょっと軽め。
「満員島」は、人口が一億七千万を超えた近未来の日本において、これ以上人口を増やさないために男も女も月一定時間のみしか性交を許さない制慾帯が導入される。
初めて読んだのは現代教養文庫版。中編ではあるが、他の巻における巻末長編に匹敵する存在感がある。
奇想をこれでもかと発展させて新しい社会全体を構築する力技。
いろいろな階層の男女が登場し群像劇の趣きもある。
紫雲丸事件、老人ホーム聖母の園焼失事件など当時の大事件をもじって取り入れてもいる。即ち中井英夫『虚無への供物』の作中と同時代なのだ。殺戮の裏には崇高とも言える黒い意思が蠢く。鋭い感性の持ち主なら感じ取っていたことなのか。
「男性滅亡」「ハカリン」「自動射精機」「満員島」には素広平太博士が登場する。このマッド・サイエンティストは風太郎のこれらの疑似イベントSFの触媒役である。
これらの作品は性と死が表裏一体だった忍法帖の対極にあるが、同じくらい作者の奇想を表出してもいる。
この手の話だけがこうしてまとまってしまうと凄い破壊力である。
虚無感を抱く一方で、人間の生命力に対して笑いのめしながらもそれに信を置いていた。そう思える。