光文社の山田風太郎ミステリ傑作選の最終巻は補遺編。
PARTTが通常の短編作品、PARTUがショート・ショート、PARTVがデビュー作家以前の学生小説と最後二編が少年ものの補遺。
「達磨峠の事件」は山田風太郎のデビュー作。<宝石>第一回懸賞に入選したもので、同期入選組は、飛鳥高「犯罪の場」、鬼怒川浩「鸚鵡裁判」、独多甚九「網膜物語」、香山滋「オラン・ペンテグの復讐」、岩田賛「砥石」、島田一男「殺人演出」。
内容は、里帰りした医学生が故郷で起こった事件の真相を見抜いて親友に手紙を書き送るというもの。峠の二本松にぶら下がった女の死体は自殺に見せかけた絞殺だった。主人公は二人の容疑者のうちから片方を告発する。
あまりにも普通すぎるためか、作者に疎まれて幻のデビュー作となっていたが『風太郎千年史』(マガジンハウス)に収録された。
「天使の復讐」では、凶悪な脱獄囚を追い詰めようとする警官隊は山の中で幼い赤ん坊を一人で育てようとする母親と出会う。なんと赤ん坊の父親は脱獄囚に殺されていたという悪縁があった。そして、……。
作者は素直だが平凡と評したそうだ。ある意味予定調和的な作品であるが、これはこれでいいのでは。
「泉探偵自身の事件」は、街の名探偵で詩人の泉金五郎の事件簿。彼の住むアパート黒猫荘で逗留していた彼の伯父が変死し、初めて殺人事件に挑むことになったが。
風太郎が歓喜先生の外に探偵役をつくるとは珍しい。素人探偵ものをおちょくる話かと思って読んでいたのだが。うわあ、これはとんでもない。実に食えない人である。
「全き円は天上に」では、一人の少女を挟んだ二人の青年が砂丘で決闘を執り行なう。その奇妙な顛末。
医学的なトリックを用いてシニカルな結末と、いかにも風太郎の初期短編らしい味。
「天誅」では、凶悪な脱獄囚が鐘楼守の老人の唖の孫娘をさらったが、娘は無事で犯人は人間業とは思えない無残な死体で発見された。
すっかりバカミスとして有名になってしまったが、この奇想は確かに物凄い。そのシーンを想像すると滑稽でありながら荘重な感じがする。
「疾風怪盗伝」で、とある村の別荘で資産家一家が凶賊に皆殺しになった裏には秘宝マスカロンの首飾りがあった。フランス革命に由来し持ち主に凶運を与えるというそれが盗賊一家の運命をも狂わせて行く。
悪党の一人に良心の芽生えが起こり仲間割れとなるが、そっちこっちに揺れる心情が結構よく書けている。これも医学ダネの一編。
「旅の獅子舞」は、旅する曲芸師の一行に次々と起こる事件を
道化者の爺が探偵役となり解明する。
少女ものの「*魔の短剣*」(九巻収録)はこれの焼き直しであったか。こちらの方を先に読んでいたはずなのに失念していた。旅芸人の一座のうらぶれたさまと不可能犯罪という取り合わせが案外と相性がよい。
「死人館の白痴」では、過去にも死人が出た館の二階から半廃人となった元大佐が川へと転落して死んだ。大佐には知恵遅れの息子がいたが、ちょうど事件のときに居合わせたその担任教師は何か不穏なものを感じ取る。
この筋はこれが初出で、少年ものの「*水葬館の魔術*」(九巻収録)に改作され、さらに『*女探偵捕物帳*』シリーズ(『天狗岬殺人事件』収録)でも使われたもの。
「片目の金魚」では、痴話喧嘩で相手をビルの屋上からはずみで突き落としてしまった男が事件の隠密を図る。
いちおうは過失ではあるものの、男の情けなさが読んでいていやになる。こういう輩にはやはり厳しい。
「東京魔法街」は、夫に愛想をつかした若妻が東京へ飛び出しての冒険(アヴァンチュール)。頼ろうとした生母の居場所は見つからず、新宿の遊郭に売られる羽目になるが……。
女性が主人公でユーモア仕立てはちょっと珍しいのでは。ヒロインを襲う数々の事件。こう来たかと思った。
「下山総裁」は、激しい労働争議の最中に現職の国鉄総裁が轢断死体で見つかった下山事件を小説に仕立てたもの。作者はある組織による謀略説を取り、その殺人の実行犯と、下山総裁の替え玉となった指揮官の行動を追う。
労働争議の裏に蠢く魑魅魍魎はまるで明治ものの自由党の壮士や警視庁の密偵の暗躍のよう。作者は組織の黒幕の正体について大胆な推定を下す。
「渡辺助教授毒殺事件」も、やはり当時話題になったらしい事件の小説化。アプレ・ゲールの若い医師が師である博士を毒殺した背景には病院内の看護婦との爛れた関係があった。
謎なんてまったくない稚拙な犯罪を作者は活写する。倫理観を欠いた医者の犯罪というのは確かに作者好みのテーマかも。フィクションがうまい作家はノンフィクションもこうもうまいものか。
「霧月党」は、無産党の裏切り者を処刑するための秘密結社霧月党の暗躍。
これも後に少年ものの「*暗黒迷宮党*」(九巻収録)に改作される。そちらの方ができがいいかも。
「ビキニ環礁午前四時」は、語り手の友人の虚無的な医師逸見とその妹の長崎で被爆した少女の話。逸見は元海軍将校で戦後の日本に苦々しい思いを持っていたが、妹思いの兄でもあった。その妹の突然の自殺に復讐を決意したらしかったが。
題名からわかるように第五福竜丸事件に材を取ったもの。沈痛である。
「一刀斎と歩く」では、職場でも家庭でもいつもおどおどしていた男が元の主人である発狂した伊藤公爵の身柄を引き取りに行ってその気合に当てられる。
剣道六段の元公爵は気が違ったせいもあり、伊藤一刀斎を名乗って仕込み杖を振りかざして剣豪張りの大活躍。
ドン・キホーテとサンチョ・パンサのようで痛快。だけど物悲しい。
「ふしぎな異邦人」では、横浜の港に上陸したわけありの中国人が町をぶらつき、少しいかれた淫売婦と出会う。淫売婦の語る身の上話に何か心揺さぶられたものがあったらしいが。
戦前戦後の断絶を描き、小品ながら強烈である。戦争篇の「*腐爛の神話*」の再話であろう。
「女が車に乗せるとき」は、雪山で自殺しようとした女を見知らぬ男が襲い、その上に東京まで車に乗せていくことを強要する。また死を選ぶかもしれない女に敢えて命を委ねる男の目的は何か。
最初から死の影に覆われた二人の道行きは終始緊迫感が伴う。今これを書いたら糾弾されかねないが、この極端な味わいは捨てがたい。
第二部はショートショート。男と女の機微に触れたもの、人間臨終図鑑を髣髴とさせるもの、など。<ショート・ショート・ランド>掲載作はよく立ち読みしていたので懐かしかった。
第三部、「石の下」から「陀経寺の雪」までの六編は<受験旬報>(後の<蛍雪時代>)に掲載された受験小説。「信濃の宿」は専業作家になってから書かれた同工のもの。
最初の六編は実に達者でとても十代の少年の手によるものとは思えない。
受験の重圧、進路の悩み、家族との葛藤などが普遍的なテーマとして語られ、今読んでも胸に迫るものがある。
後の風太郎ミステリーの極地『太陽黒点』の終結部、ある人物の回想にこれらの受験小説の一部のような場面があったのを思い出す。これらこそが山田風太郎の根っ子なのかもしれない。
「青雲寮の秘密2」は『青雲寮の秘密』(九巻収録)の一部。「肉仮面」は『笑う肉仮面』の一旦冒頭のみで中絶した分。この辺は本当に補遺。
こうして山田風太郎のミステリー作品がほぼ全部と言ってもいいほどまとめられたのは実に嬉しいことである。
本格篇、名探偵篇、サスペンス篇、凄愴篇、戦争篇、ユーモア篇、セックス&ナンセンス篇、怪奇篇、少年篇と、各巻それぞれが一つの山脈をなし一つの世界をなすほどの重厚さ豊穣さに圧倒され続けた。
私自身が現代ミステリーから山田風太郎という作家に入っていったので思い入れが特に深い。ミステリー作家、探偵作家としての山田風太郎の凄さが多くの読者に伝わって末永く読み継がれていってほしい。
作者は亡くなっても読者がいる限り作品の命は永遠である。
[2002.12.20]
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