『妖説太閤記』を読んでいたら前田慶次郎が出てきたので次はこちらに手が伸びた。山田風太郎の時代小説の大作。元版は1976年、サンケイノベルスより。
再読。本頁をつくる直前に読んだ本なので書評は今回が初めて。
関ヶ原の戦いから十年、会津征伐で家康軍を北方に引き出して関ヶ原の戦いの引き金を引いた上杉家は米沢の地に移されていた。
上杉家の家老の直江山城守兼続の養女伽羅に持ち込まれた縁談の相手は、幕府の重鎮本多佐渡守正信の次男長五郎正重だった。叛骨の人兼続は幕府の言いなりになることはよしとしない。代わる相手として白羽の矢を立てたのは大谷刑部の忘れ形見で宇喜田家の重臣として八丈島流しにあっていた正木左兵衛であった。ところが婿殿の左兵衛は島暮らしに腑抜けて覇気がなく、祝言の席に集まった諸大名に嘲笑される始末。
そんな婿殿を鍛え直すとともに豊臣恩顧でありながら徳川についた諸大名に一泡吹かせてほしいとの伽羅の願いが直江四天王と呼ばれる豪傑たちの心を打った。
直江四天王とはこんな面々である。
まず加賀大納言前田利家の甥の前田慶次郎利太。若いときからのかぶき者。
叔父が娘を秀吉に側室として献上したことを怒って出奔して直江兼続に仕える。戦では「大ふへん者」と書いた旗を持ち、倒した敵の首を取る代わりに小便を引っ掛ける。関ヶ原が破れて上杉が孤立したときに自害しようとした兼続をいさめて守り抜く。関ヶ原後は剃髪してこくぞう院ヒョット斎を名乗る。
次に上泉主水泰綱。剣聖上泉伊勢守信綱の子。大和の柳生で修行して漂泊の旅を続ける。兼続に仕えて関ヶ原のときの会津周辺の戦いでは鬼神のごとく敵を斬って斬って斬りまくる。
長剣を背負った袖無羽織には「天下一」の文字を染めている。
続いて岡野左内(岡左内)。蒲生氏郷に仕えて猪苗代城の城主だったが氏郷の子の秀行と合わず兼続に仕える。吝嗇漢で賭博狂、しかもクリスチャンという変り種。関ヶ原後の福島の松川の戦いでは敵の大将独眼龍政宗と一騎打ちしてもう少しのところを取り逃がす。政宗に切り裂かれた陣羽織を金の十字架でかがって愛用する。
おしまいに車丹波。元は水戸の佐竹家の侍大将で火の車の旗指物を持つ豪傑。
関ヶ原前に上杉家に共鳴する佐竹家から送り込まれる。敗戦後は水戸に戻ったが、佐竹家の改易に抵抗して水戸城を乗っ取ろうとして失敗して磔。のはずだが死んだのは身代わりで米沢で生存していた。彼の子は後に江戸城に潜入して家康を狙って捕らえられ、助けられて江戸の非人頭の初代車善七になったという。
直江四天王の経歴がここまではほぼ史実どおりというのは凄い。厳密に言うとこの物語の当時には死んでいた者も退身した者もいるが、少なくとも関ヶ原の時点ではこの面子が兼続の元にいた。
前田慶次郎は、隆慶一郎『一夢庵風流記』やそのマンガ化の原哲夫『花の慶次』で超有名になってしまったが、他の三人も負けず劣らずの豪傑である。
彼らが一泡吹かそうとする大名は戦国オールスター・キャスト。
福島少将正則の養子の刑部に馬糞を食らわし、
直江家の宋版史記を盗み出そうとした蜂須賀阿波守家正の一党を粉砕する。
騎馬の独眼龍政宗と対決して目を塞いで泥沼に突き落とし、加藤肥後守清正に太閤と淀君の幻を見せて恐怖させる。
これらの一部始終を不気味に見守るのは縁談を断られた本多長五郎正重。彼の従者として何と宮本武蔵と佐々木小次郎という二大剣豪まで登場する。
二条城の松の廊下で高家の年若い吉良上野介義彌が浅野長政に刃傷沙汰を起こして、それをかばって上杉家の老臣が切腹するという忠臣蔵の裏返しの騒ぎがあって、最終決戦へ。伽羅を人質にした浅野紀伊守幸長と蒲生飛騨守秀行の元に直江四天王は殴り込む。
歴史の綾の中でこうあったかもしれない事件を演出してくれるのが何とも楽しい。直江四天王の出自や各大名の逸話など今回どこまで史実か調べて相当に感心したが、特に本多の次男の件では驚愕した。
だが、喜んでばかりもいられず、最終的には主人公側の人間も重戦車のような歴史に押し潰されていかざるを得ない。
飄逸きわまる展開とそれに反する悲惨な結末は明治ものの『警視庁草紙』にも匹敵する。
NHK大河ドラマ「天地人」にあやかって徳間文庫より「妖説直江兼続」のサブタイトルで新版が刊行された。ドラマは見ていないが、こちらの方がたぶん面白いし直江兼続の実相もよくわかると思う。