山田風太郎『十三角関係』

山田風太郎『十三角関係』



 光文社文庫の山田風太郎ミステリー傑作選の二巻目は名探偵編。風太郎ワールドで柳生十兵衛と並ぶヒーローである荊木歓喜の活躍を収める。
 荊木歓喜は新宿を根城にする酔いどれ医者。「巷の大医」と自称してパンパンの堕胎は無料でやってやる。その事件解決能力のために暗黒街にも警察にも顔が売れている。歓喜と十兵衛は体力と腕っ節は天と地ほど違うが、両者ともかなり食えない人物であるところなど共通点も多い。十兵衛の隻眼に対し歓喜先生はちんばで頬に大きな三日月傷がある。
 本巻の構成は出版芸術社版『帰去来殺人事件』(1996)に長編『十三角関係』を加えたもの。これと
高木彬光との合作『悪霊の群』(1951)で歓喜先生の事件簿は全部読める。
 探偵役といっても歓喜先生は他人さまの悪の詮索をするのは大嫌い。毎回毎回どう事件に巻き込まれて心ならずも犯人の指摘をする破目になるかが見所のひとつになっている。

 「チンプン館の殺人」は別名「歓喜登場」で先生最初の事件。新宿御苑の裏の小さなアパート、チンプン館が先生の住み処。歓喜先生とシベリア帰りの青年の酒盛りの真っ最中に隣の部屋で麻薬のブローカーが殺され、容疑は同じ部屋にいて意識を失っていた麻薬中毒の淫売婦にかかった。
 歓喜先生が立ったのは弱い立場にあるものを守るため。 自分自身でさえ犯人だと思い込んでしまった哀れな娼婦のために歓喜先生は正義を自認する復讐者を自首へと追いやる。

 「抱擁殺人」では、満州帰りのやくざ者が顔を見世物用の畸形にされた下男を使って、自分が身を持ち崩すきっかけをつくった男に復讐を挑む。雪の中の一軒家に外から出入りした者の足跡はなく、下男も銃声が聞こえたときはその家のお嬢さんといっしょにいた。
 歓喜先生はその姦計を見抜くが、復讐の計画をだいなしにしたのは道具として使われた下男のお嬢さんへ寄せる思いだった。陰惨ながらも物悲しくなる。

 「西条家の通り魔」で、歓喜先生は銀座でばったり旧友に会う。その旧友の長男は知恵遅れの少年だったが、誘拐魔に付け狙われているという。 犯罪など起こりっこないと断言した歓喜の目前で、なんと長男ではなく次男が殺されてしまうが……。
 この密室トリックは某戦後デビュー作家が創案したものの借用だが、その実現のために使われたのはある象徴的なもの。子供が殺された事件ということで歓喜の漏らす口吻はいつにも増して苦い。

 「女狩」では、歓喜先生が盲腸炎で担ぎ込まれた病院で次々と怪事件が起こる。富士山麓へのピクニック中に看護婦は洞窟内で発狂。続いて同行した六人のうちの女医が串刺しにされ病院裏手の豚小屋で見つかった。
 この豪快なトリックは実現可能とはとても思えないが、山風作品世界にあるとなんとなく納得させられる。 犯人の動機は江戸川乱歩のとある通俗長編から持ってきたものと思われるが、完全に自分のものにしているのは流石である。

 「お女郎村」では、歓喜先生が旧友の医者に代診を頼まれ北陸の山村小代村に赴いてくるが、そこは東京で数々の歓楽施設を経営する女傑の郷里でもあった。その息子は今では落ちぶれ果てた村の名家保科家の娘に気があるが、母親と保科家には何か因縁があるらしい。息子の頼みで歓喜先生は保科の娘と二人で温泉に出かけたが、惨劇はその留守中に起こった。
 歓喜と某の対決の描写はかなり迫力がある。 この時点で自白させることもさらに真相を見抜くことも歓喜先生でなければできることではあるまい。
 この凶器トリックは有名品ながら「類別トリック集成」にも載っていないところをみると風太郎の創案か。

 「怪盗七面相」は、連作短編の最終話。神出鬼没の怪盗七面相と七人の探偵作家の名探偵が対決するという趣向。
 今まで人を傷つけたことのなかった怪盗七面相が七條元子爵に硫酸を浴びせたという。小間使い志乃の訴えに歓喜先生は出馬する。歓喜先生は七面相の企みをあっさり見破るが……。
 この皮肉さはなかなかいい。七面相の述懐はあるいは風太郎自身の虚無感に由来するものかもしれないが、汚れない女性の心情はそれをも突き崩す。

 「落日殺人事件」では、脱疽で歩けなくなった元警視総監の息子と、その親友だった引き揚げ者の娘との間に縁談が持ち上がったが、元警視総監からある条件がつけられ、娘は外地で知り合いだった歓喜先生を頼っていく。ところが若い二人と歓喜先生が元警視総監宅に着いたとき、 そこでは娘の父親とその土地を奪ったやくざの親分の二人が死んでいた。
 犯人も犯行方法も意外ではあるが、この犯罪の動機は極め付きに異様でなおかつ説得力がある。 終章「落日からきた手紙」の告白文は非常に印象的である。

 「帰去来殺人事件」で、横笛村へ歓喜先生がやってきたのは故郷へ戻ろうとする狂人石黒魚蔵がこれ以上罪を犯す前に取り押さえるためだった。その村には歓喜の後輩の千葉医師がいたが、彼によると石黒の母親が一月前に何者かに殺されたばかりだという。 さらに地主の家から勝手に柱時計を持ち出した石黒の養父の按摩が殺され、言い残した言葉は「ちんば」だった。 狂人の行方がつかめぬまま、初冬の星の美しい晩に二つの命が生まれたが、その代わりのように父親二人が死んだ。片方は病死で、もう片方は殺人で。
 歓喜先生のちんばと頬の傷の由来まで語られ、ある意味では歓喜先生自身の事件でもある。 トリックや意外性は最上級でなおかつ物語としても優れている。 結末での歓喜先生の一喝には鬼気迫るものがあり、 この終幕のために謎から登場人物から何から何まで全部が奉仕しているのがわかる。 山田風太郎にしか書けない、本巻中でも随一の傑作である。

 巻末の『十三角関係』は荊木歓喜ものの合作を除く唯一の長編。
 精神病院に入院している母親から淫売宿「花ぐるま」のマダムに聖書を届けてほしいと頼まれたという少女に付き添った歓喜先生は、店の回転するネオンにくくりつけられたマダムのバラバラ死体を発見する。 辣腕で知られながらも店の女たちからは母のように姉のように慕われたマダムを誰がかくも無惨に殺したのか。 その晩店を訪ねた亭主と息子を含む七人の男たちの中に犯人がいるはずだったが。
 歓喜先生は事件の鍵は被害者のマダムの人柄にあると言い、マダムの周辺にある人々から様々な情報がもたらされその人間性が生き生きと浮かび上がる。歓喜先生はまた言う。真の悪党というものはこの世の冷たい傍観者だと。 動機がわからぬままに歓喜先生は犯人を突き止めたが、 その犯人の心象もまた無惨なものであった。
 初出が高木彬光『人形はなぜ殺される』や鮎川哲也『黒いトランク』を生んだ講談社の<書下し長編探偵小説全集>ということもあってか、風太郎作品の中では最もオーソドックスな本格長編に近い形式ではある。だが、この作者の手にかかると本格もののパロディのような超探偵小説にできあがってしまった。

 荊木歓喜ものがこうしてまとまって読めるのはありがたいが、いくつか似た話がくっついてしまうのは痛しかゆしといったところ。 決して作者の代表作でないにしろ、こうして名探偵ものもこなした山田風太郎の多彩振りを味わってほしいものである。


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