『妖異金瓶梅』は1953年から1959年まで<講談倶楽部>他各誌に掲載された。本書は作者の要請により削除された「銭鬼」を復活させ、また近年に発見された「邪淫の烙印」の原形である「人魚燈籠」まで収録した完全版である。
長らく入手困難だった『妖異金瓶梅』だが、廣済堂文庫で復刊され、また「銭鬼」も『風太郎千年史』(マガジンハウス)で読むことができた。
私が風太郎ミステリーの長編及び連作短編集で一番好きなのは『誰にも出来る殺人』だが、最高傑作として衆目が一致するのはやはり『妖異金瓶梅』だろう。光文社文庫のミステリー傑作選が現代ミステリーの分野に限られるということなので、この完全版の刊行は喜ばしい。
中国四大奇書の一つに数えられる『金瓶梅』。
北宗末の豪商西門慶は世の乱れをよそにその邸内に七八人の愛妾を住まわせ酒池肉林の愛欲に耽っていた。
その妾たちの間に渦巻く嫉妬が陰惨な事件を呼ぶ。
原典の『金瓶梅』の題名は西門慶を取り巻く女のうち、潘金蓮、李瓶児、?「广龍」春梅の三人の名前を取って付けられたという。『妖異金瓶梅』では潘金蓮の存在感が圧倒的である。風太郎ワールドの美女群の中でもその悪女振りといい惚れた男への一途さといい、他に類を見ない最強のヒロインである。
西門慶の悪友で探偵役及び狂言回し役を務める応伯爵でなくても潘金蓮には深く魅惑されるだろう。
『妖異金瓶梅』のただの歴史ミステリーではないその趣向は非常に有名だがここでは触れない。『金瓶梅』の世界に舞台を取ったからこそ可能である空前絶後のシリーズ設定である。
『妖異金瓶梅』についてはこうしたミステリーとしての仕掛けが喧伝されがちである。私も廣済堂文庫版を読む前にアンソロジーで「赤い靴」と「変化牡丹」を読んでいたのでその仕掛けは知っていた。だが、まとめて読むことによってそれよりもいっそう驚かされたのは最終四話の怒涛の展開についてである。
そもそも『金瓶梅』は『水滸伝』中の一挿話であった。『妖異金瓶梅』の結末では、『妖異金瓶梅』が『金瓶梅』に回収され、『金瓶梅』が『水滸伝』に回収され、さらに『水滸伝』が中国の歴史に回収されるという離れ業が行われる。
死せる潘金蓮は「广龍」春梅を通じて清河県の都を破滅の淵まで追いやり、そして応伯爵を通じてこれを救う。
連作短編形式を自在に操った風太郎だからこそ、本格探偵小説を大伝奇小説に塗り替える魔法を実現させえた。まごうかたなき傑作である。