本巻は少年編。
当時の探偵作家は大量に少年ものを手掛けていたが、多くは書誌に取り上げられることすらなく闇に埋もれてしまった。
風太郎の少年ものについてこうして入手しやすい形でまとまったのは本当にありがたいことである。
この巻が成立し得た影の功労者であるおげまるさんの発掘作業に敬意を表したい。
風太郎に限らず少年ものの多くは大人向け作品のリライトという形が多い。その元の作品名を挙げることはネタばらしになりかねないので、ここでは一応全部反転させておく。
「水葬館の魔術」は、住人に水死人が続出したので水葬館と呼ばれる洋館での事件。
そこに越してきた少女スミレに向かい側の家に住む春吉は出会う。父母を亡くして知人に引き取られたというスミレは春吉に手紙を渡す。「アタシハ殺サレルカモシレマセン」 春吉は父の警部とともに水葬館を訪れるが惨劇は起きた。
見取り図や読者への挑戦付きの本格もの。
複雑な遠隔殺人トリックは『*女探偵捕物帳*』シリーズでも使われたもの。
でも、少年ものでヒロインの少女をいきなり殺すというのは凄い。
「姿なき蝋人」では、温泉ホテルである真一の家にめっかちと片耳と頬に傷がある男という奇妙な三人組が泊まっていた。三人組は彼らを追ってきたせむし男を打ち据えトランクを奪い取るが、ひとりひとり奇怪な状況で死んでいく。密室に響く美しい少女の声。
明かされた真相と結末の凄絶さ。「*蝋人*」での趣向を持ってきているが、大人向け作品でもとびきりの怪異譚をものをよくも少年ものに仕立て直したものだ。
「秘宝の墓場」では、キリシタン大名のお姫さまの墓がある桑姫島が海上保安隊から逃れてきた海賊に占領される。海賊の酒盛りの場に半死半生で現れた男がキリシタンの墓の財宝を奪おうとして仕掛けにやられたと語る。海賊の首領は墓に残された財宝に興味を示すが……。
後半の展開は「*みささぎ盗賊*」そのもの。さすがにあれの落ちは持ってこなかったが。機知を生かして弱者が暴力に対抗する話に変えられている。
「魔船の冒険」で、青貝島の少年勇吉は密輸団に囚われている少女まゆ子に会う。まゆ子の兄が乗った密輸船は死人島で座礁し連絡を絶ったという。そこは遭難した船の船員がみんな消えてしまう恐ろしい場所だった。密輸団に囚われた勇吉はまゆ子を人質にされひとり小船で死人島に様子見に行くよう強要される。
オリジナルの冒険小説。怪物との戦い、密輸団との戦いと二つの見せ場がある。
「なぞの占い師」で、一郎少年はいとこのもと子の様子がおかしいのに気づく。演説会に来た総理大臣がカメラマンにコップの水をかけること、そば屋とペンキ屋の自転車が衝突すること、上野の動物園のお猿の電車の猿が暴れ出すこと、浅草のサーカスの綱わたりの少女が落ちること。これらすべてをもと子は予言した。
これもオリジナル作品。
多少無理なところはあるがこれもひとつのあやつりテーマの作品であった。
「摩天楼の少年探偵」では、深夜の街路をクモの群れが埋め尽くしたのを皮切りに奇怪な事件が起こる。夜中の零時過ぎにショパンの「タランテラ」の曲が響き、劇場の壁を巨大なクモが這い、金色のクモに襲われて気絶する人が相次ぐ。
主人公は「なぞの占い師」と同じ一郎少年。いとこのもと子や書生の島田青年というキャラも共通している。怪事件の謎をすべて解き明かしビルの上で悪人と対決するなど超人的に活躍。
「魔の短剣」で、村にやってきた曲芸師の一行のうち角兵衛獅子の小さな女の子が親方にいたぶられるさまをルミ子は目の当たりにする。同情したルミ子は父親の医師を呼んできて女の子の手当てをしてもらったが、親方の反発は凄まじいものがあった。そして、……。
少女雑誌に書かれた少女向けミステリー。偶然がもたらした必然。ジュブナイルだからこその切れ味がある。
「魔人平家ガニ」では、平家の残党が潜んでいたという廃村から魔人が出現する。平家ガニのような形相で、大蝙蝠に化して飛び回り、人の生き血を吸う。
現代もので忍者でもない怪人が暴れるというのはなかなか珍しい話。明らかに吸血鬼なのに平家ガニというネーミングがなんとも。
「青雲寮の秘密」は、大人向け「*天国荘奇譚*」のリライト。同じくその少年向けとしては『青春探偵団』があるがこちらの方がより原典に近い。刈り込まれているが風雨雲雷の四人組が舎監の先生相手に黄金の悪戯を仕掛ける点は全く変わりなし。
「黄金明王のひみつ」は、怪盗くも小僧に七年前に盗み去られた黄金の仏像探し。
旅館に泊まった片腕の探偵、有我の持っていた暗号によると黄金仏はまだ持ち主の山城家の敷地内にあるらしい。旅館の息子の啓作は山城家の娘の真弓のために有我に協力して謎を解こうとする。
暗号、宝捜し、そして足跡のない殺人と、いろいろな要素をいっぺんに詰め込んでいる。なかなか力作感があった。
「冬眠人間」(中学時代二年生版)は同じタイトルで三つある作品で少年ものの短めの方。人工冬眠を研究する二階堂博士のもとにはQという名義の脅迫状が舞い込み息子の小太郎少年は心配する。ところがある日ペスト発生の騒ぎで研究所がある町全体が封鎖されてしまった。
「*さようなら*」で使われた趣向がよりレベルアップして用いられる。原典とは意味付けが全然違うのに、人工冬眠というテーマにぴったり則したものになっているのはお見事。
「暗黒迷宮党」では、北海道稚内で暮らす勇吉少年が巻き込まれた事件。父を脅す手紙は秘密結社迷宮党からのものだった。父の代わりに迷宮党首領を国外へ逃がす企みに引入られた勇吉は迷宮党の一行と行動をともにすることを強いられる。迷宮党壊滅を狙う警官Xが勇吉をどこからか元気付けてくれるのだが。
テンポのよい冒険もの。ミステリー的な趣向も入っている。
「なぞの黒かげ」では、青山博士の研究を狙う魔の手が博士の子の鮎子と小太郎に迫る。くもの大群。隣人の秘密。誘拐と海水浴場での書類の引渡し。暗示による強制。「黒かげのかい人」との攻防は激しく続く。
さらに後半の飛行機と列車を継いだ追跡行は迫力十分。まさに智恵と智恵との戦い。
少年もので「なぞの占い師」「摩天楼の少年探偵」、大人向けで「*美女貸し屋*」の趣向を取り入れている。ある意味、風太郎少年ものミステリーの集大成的な作品である。
「冬眠人間」(少年クラブ版)は、クラニ博士という外人のマッド・サイエンティストが人工冬眠の秘密を手に入れて悪用しようと暗躍する。その発明者の小泉博士と娘の洋子はクラニにより連れ去られ、残された息子の武らが警察にも頼れずに必死に反撃する。彼らを助ける謎の男Uがクラニの部下を叩きのめす。
後半クラニにより人工冬眠が市民を脅かす武器に用いられる。いきなり繁華街で氷付けにされ、一味に莫大な薬代を払わないと冬眠を続けることもできずに死亡する恐怖。
日本国政府そのものが脅迫される大掛かりな展開になる。「1999年」などと並ぶ風太郎の数少ないSF作品のひとつである。
「笑う肉仮面」は、大地主の後取りに生まれながらも血縁の陰謀により永遠に笑い顔になるように手術を施されて追放された弓太郎少年の運命。漂泊の奇術師の老人に盲目の少女ともども拾われた八才の弓太郎は、笑太郎と名前を変えられ軽業や空手を仕込まれて凛々しく成長する。あるとき一座の箱車は大きな館がある村に辿り着いたが、そここそが笑太郎の本当の故郷だった。
設定はあまりにも凄いが表題にもなった「笑う肉仮面」はさほど本筋に生きていない。悪の側がいろいろ策を凝らして自ら墓穴を掘り、ただ毅然としていた善玉は報われる爽やかな後味の話である。
これら少年ものが果たして今の子供が読んで面白いかどうかまではわからない。だが、明らかに風太郎ワールドの一環であり、大人の読者こそが真に楽しめると言える。
「魔の短剣」なんて大人向けの作品と比べても傑作のうちに入れてもいいし、得意のあやつりテーマを少年ものの中で仕掛けた作もある。
冒険ものでは忍法帖などで魅せたストーリーテラー振りが如実に示される。
大人向け作品から趣向を持ってきた作品群にしても、原典の作品からかなり離れた使い方をされるものもあり、風太郎の発想の自在さに改めて驚かされる。
[2002.04.08]
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