山田風太郎『忍法関ヶ原』

山田風太郎『忍法関ヶ原』



 忍法ものの短編集の三冊目。こちらはタイトルが「忍法 ……」で統一されているが、必ずしもそういった名前の忍法が登場するわけではない。

 「忍法関ヶ原」では、影の天下分け目のいくさ。鉄砲鍛冶が集団で棲む近江国坂田郡国友村は豊臣家の専用兵器廠であり、石田三成の支配下に置かれていた。ここを制するものが天下を制する。東征に立とうとする徳川家康の檄が服部組の伊賀忍者に下った。ところが国友の鍛冶衆は極めて厄介な相手だった。得意の色仕掛けも逆手に取られた挙句の顛末。鉄砲の時代は忍者受難の時代なのか。まことに皮肉。

 「忍法天草灘」で、長崎奉行の嘆願により派遣された二人の忍者の使命は切支丹狂信者の指導者を堕落させることだった。伊賀と甲賀の誇りにかけて斑鳩と鶯は己の技を振るう。その淫猥な秘術の凄まじさ。ところが八人の奉教人は一向に堕ちようとはしない。焦りと絶望。だが、殉教に赴こうとする八人の心の内は。聖と性、そして人間。

 「忍法甲州路」では、麻耶藩のお家騒動にまつわる仇討ち。闇討ちにあった国家老の娘お婉は忍者の雨師三兄弟に守られていた。雨師一族は相手を眠らせて叩き斬る不思議な技を用いるという。それと対峙すべき三人の剣客は眠りに対抗する剣法をそれぞれ開発する。三兄弟とお婉が江戸に向かい来る甲州路を三人の刺客が待ちうける。奇想天外な殺法同士の対決の意外な結末とは。
 好きだなあ、こういう話。おまけにこの話のクライマックスがあったのはうちの近所だ。

 「忍法小塚ッ原」では、首斬り役鉈打天兵衛の奇怪な行状。老人のあまりの手練に弟子入りを申込んだ浪人平馬は、天兵衛のいわゆる実験の助手まで務めることになる。伊賀者の末裔だという怪老人は、絶妙の刀さばきと秘伝の液体により人間の首をすげ替えることが可能だというのだ。首と胴体とどちらに人間の本質があるのか。秘術がもたらす悲喜劇の数々。

 「忍法聖千姫」では、家康の孫娘、悲劇の女人千姫が、大阪城から救い出した坂崎出羽守の一党から付け狙われる。ところが主君のために嘆願に来たはずの坂崎の剣士三人組は千姫があてつけでよこした爪の切れ端を食して狂喜する。彼らは超人的な力を発揮して素手で護衛の柳生侍を叩き伏せ、今度は彼らが千姫の守護となった。三人組は千姫が湯浴みしたあとの湯を呑み湯垢を舐め、さらに力を増していく。家名のために彼らとの対決を決意した柳生童馬。その恋人である服部の娘夕波も同じくある決意を固める。
 いろいろな意味でなかなか凄い話であった。

 「忍法ガラシヤの棺」では、細川ガラシヤ夫人の内心が吐露され、ヴィンセンシオ神父はその懺悔を聞く。ガラシヤの中には貞女と悪女の両方がいた。それを漏れ聞いた謎の忍者鴫留盃堂は、善と悪とのガラシヤを忍法陰陽分身で分離することを提案する。石田の手による細川屋敷襲撃の中、秘術は為された。だが、人の心は忍法よりも摩訶不思議だった。

 「忍法幻羅吊り」では、吉原の赤蔦屋の不思議な遊女小式部より五人の侍が幻術にかけられる。彼ら五人には今は改易された葛城藩の藩士の時代に忌わしい罪を犯した過去があったのだった。忍法幻羅吊りによる凄惨ながらもどこか滑稽な復讐記。

 「忍法瞳録」では、服部一党と志摩藩十鬼一党との二代に渡る抗争。十鬼一党は眼にうつったものを眼球に録し、第三者が吟味できる瞳録の術なるものを用いていた。服部組の干潟甲兵衛はその発明者十鬼春蔵に迫るが、夫婦ともども死に果て、瞳録の術を施されたその娘千也を託される。十鬼との抗争で父甲兵衛を失った嫡男甲之介は、いつしか成長した盲目の千也を愛するようになったが。

 「忍法死のうは一定」は、織田信長の最期を描く。日本統一も間近、いよいよ海外へと出兵しようと野望を膨らませる信長を本能寺の悲運が襲った。悲憤の信長に手を差し伸べたのは突如現れた幻術師の果心居士。幻術女陰往生により女の腹に入って逃れることを勧める。だが、その術にかけられた者は己の誕生から死までの全てを幻視し、それに耐えきれないときは廃人と化すという。信長は確かに見た。己の血塗られた半生を。それには喝采を叫んだ彼であったが、だが、彼をとことん絶望させるものがその後に来た。
 信長という人物が日本の歴史にいたからこそ、風太郎はこれだけの話を書いてくれた。傑作。

 絶品ぞろいにつくづく堪能。改めて続刊を強く希望せざるを得ない。


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