山田風太郎『妖説太閤記』

山田風太郎『妖説太閤記』


 山田風太郎の時代小説の大作。
 日本史上の一大ヒーロー豊臣秀吉を悪党としてその内面と策謀とを描き切った反・太閤記。描かれたのは猿と呼ばれる若者が織田信長に仕えるところから太閤秀吉としての死までの四十年間。粗筋を書く必要もなく日本人なら周知のエピソードの連続である。

 秀吉が人気があるのは、一介の草履取りが天下取りまでなったその立身出世、戦闘における巧妙な知略、人たらしと言われるような天性の明るさなどある。
 だが、秀吉を悪党として解釈すると実に納得がいくことが多くある。信長亡き後のかつての主の血縁者の扱い。柴田勝家など邪魔者を片付けて天下を手にしたやり口。晩年の民の窮乏を思いやらぬ大普請や朝鮮出兵。淀君初め女道楽については言うまでもない。
 風太郎はさらにその心の奥底まで踏み込んでみる。秀吉が信長の下で出世競争に狂奔したのは、ただ信長の妹お市の方をものにしようとしたため。有名な草履を懐で温めたエピソードから始めて殆どの彼の行動がそれを原理にして解釈が組み替えられてしまう。
 一方でこの異才に魅力があったことは事実で、竹中半兵衛は彼を天下取りにしようとして軍師として仕える。彼が伝授した秘策はある敵Aがいるときはそれと似た敵Bをつくりだして共食いさせるというものだった。さらに半兵衛は秀吉の天下取りのための最大の障害である信長を抹殺するための自動装置として明智光秀を織田陣営に引き込むことを十年も前に行っていた。
 実に説得力があり、妖説ではなくこちらが真説ではないのかとさえも思えてしまう。 風太郎が得意としたミステリーの操りテーマとしてもその手管は素晴らしい。

 途中では、いくら女好きであってもその貧相さのために女から心から愛されもせずまた貧弱な体躯のために女を自由にもできない彼に同情するくだりもあった。しかし、太閤の地位について以来の民に害毒を振りまく振る舞いはあまりにも酷すぎる。
 朝鮮出兵は実に無益な戦いだったが、風太郎らしく太平洋戦争と事細かに比較して日本人の特性を引き出している。
 終盤に至るまでの陰謀、裏切り、流血の数々には辟易して、ようやく秀吉が死んで物語が終わってほっとする。 秀吉の悲惨な晩年もこれまたよく知られているが、これも身から出た錆としか思えなくなる。

 これを読んでしまったら通説の太閤記の方が到底胡散臭くて信じられない。傑作である。



→冒頭
→山田風太郎目次
→読書日記
→表紙