山田風太郎『天国荘奇譚』

山田風太郎『天国荘奇譚』



 本巻は前巻の重苦しさと打って変わったユーモア編、のはずなのだが。 冒頭と巻末の一編ずつはユーモアもので問題ない。だが、それ以外の話は別に凄愴編に入っていても不思議ないものが混じっている。ユーモアを楽しむつもりで読むと違和感が強い。

 「天国荘奇譚」は、戦前の旧制中学の寄宿舎での悪童たちの巻き起こす大騒動を描いた中編。
 風太郎というペンネームはそもそも学生時代に不良仲間でお互いを風、雨、霧、雷と呼び合った符丁に由来するという。 本編に登場する学生は、風早扇吉(風)、雨宮宗兵衛(雨)、運野甚太左衛門(雲)、頼大太郎(雷)であり、作中のエピソードもかなりの部分が作者自身の体験が元になっていると言われている。
 この四人組は寮の屋根裏に天国荘と名付けた小屋を建てるなど傍若無人。 舎監の先生たちに対する悪戯は凄まじいものがある。クライマックスには
乱歩御大の『黄金仮面』が四人組により珍解釈されて演じられるが、そこに至るまで別の意味での黄金が氾濫する。

 「露出狂奇譚」は、題名どおりの白昼の銀座での珍事。奇妙な状況事情を舌先三寸で丸め込む。
 小品ではあるがさすがに物語り作者としての手腕は明らか。

 「賭博学体系」は、旧友が死んだ事故の後に三年振りに集まった四人組。未亡人がマダムをしている店で飲みながら、どこか殺伐とした雰囲気が漂う。実は友人の死に四人とも少しずつ関わりがあったのだが。
 これこそ凄愴編にでも入れてほしい話。偶然の魔力の恐ろしさが印象深い。

 「極悪人」では、売れない小説家が極悪人を主人公にしてくれという依頼を受け、現実の極悪人に会って参考にしようとあちこち取材に回る。子供を轢き殺した上にその母親を殴りつけた男。冷酷無情の社長。情婦にいれあげて汚職をした税務署の役人、など。噂を頼りに行ってみるがそれなりの言い分があって案外と真の極悪人はいない。
 しかし、それでも人間万歳とはならないのがやはり山田風太郎。本当の極悪人は極めて身近にいた。

 「大無法人」では、壮年に至るまであくせくと働いてきた男が人生の残りを見越して生活態度を一変させる。 まず一年目に浪費の限りを、次の一年間に倹約の限りを尽くす。正反対の生活の果てにとある心境に達した彼は殺人を体験してみたくてたまらなくなりある計画を建てるが……。
 どんなに刻苦勉励して悪党ぶっても天然ものには敵わない。戦前派と戦後派のギャップの話でもある。

 「ダニ図鑑」は、世俗的な成功を遂げた男の前に現れる有象無象の集団。 寛大な気持ちで接していても寄生虫のようなやからはそれをいいことにのさばるばかり。 大切なはずの家庭まで乱れ彼はついに切れる。そして、……。
 これもちょっと笑えない。人生の一面の真実なのかもしれない。

 巻末長編は『青春探偵団』。霧ガ城高校の男子生徒三人と女子生徒三人でつくる探偵小説愛好会「殺人クラブ」のメンバーが様々な事件に挑む。「天国荘奇譚」と同じく男子寮の天井裏にはやはり隠れ家がつくられていたりするが、あちらよりはもっと低年齢向きのジュブナイルといってもいい内容。それでいて殺人事件が絡んできたりして推理小説としても手を抜いていない。
 そのうち「屋根裏の城主」は、天国荘の存在が舎監の先生に知られそうになる危機をどうしのぐかという難題。お馴染みのトリックの変奏ではあるが、六人組の結束で町全体を大騒ぎに包んでしまうやり口が見事。

 「天国荘奇譚」と『青春探偵団』を読み比べると殆ど同じ設定なのに切り口があまりにも違うので面白い。
 ただ風太郎作品のユーモアを代表するのがこれらの作品かどうかは疑問。山田風太郎のユーモアが最も発揮されるのはおそらくセックス&ナンセンス編に収録される作品においてでないだろうか。


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