関川夏央『戦中派天才老人・山田風太郎』


 著者が山田風太郎と交わした一年半に渡る座談の集成。談話をそのまま書き記したのではとても原稿にならないので、インタビュー形式に再構成したもの。

 山田風太郎。1922(大正11)年1月4日生れ。
 今になってようやく気が付いたが、山田風太郎と中井英夫[1922.09.17-1993.12.10]は同年の生れだ。山田の方が一学年上だが、体格不良で中学入学が一年遅れたからまったく同年代と言ってもいい。
 中井の『溶ける母』(『香りの時間』収録)に戦後日記『彼方より』を出版したちょうど同じ時期に同世代である山田の『戦中派不戦日記』が刊行されて、感銘を受けたとの記述があった。
 本書の座談は1993年10月から1995年1月まで。中井の死を含んでいるが、それへの言及はない。角田喜久雄[1906.05.25-1994.03.28]の死には触れられているが。 − 「角田さんが亡くなったと聞いて、なにがいちばんの驚きだったかというと、角田さんがまだ生きておられたということだ」

 私はといえば、1994年後半からの朝日新聞連載コラム『あと千回の晩飯』を毎週楽しみに読んでいたものだった。筆者糖尿病により中断されたのが、1995年3月9日。
 だが、山田風太郎は今に至っても健在である。誠に喜ばしいことだ。

 中井英夫亡き今、現存する一番好きな作家は山田風太郎になるかもしれない。ここ数年、新刊書がなかなか読めない理由の一つに廣済堂文庫やちくま文庫の山田風太郎を読んでいる方がずっと面白いというのがある。
 すでにもう戒名も風々院風々風々居士と御自身で決められているそうだ。まだ存命の内にこの大作家のものをもっともっと読んでおきたい。


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