本巻はサスペンス編。サスペンスと言っても今一つ言葉の定義が不明だが、前半はいわゆる巻き込まれパターンのものが多い。
「鬼さんこちら」がまたのっけから凄い話である。勤め先の給料を銀行から下ろしたばかりの会計係の妻に失踪された男。妻は横領犯なのか、それとも哀れな被害者なのか。妻が生きてるものか死んでるものかもわからないが、予想外の苦難が彼を襲った。
日本じゅうで妻のものらしい死体が見つかったときには確認の役目が彼の元に回ってくるのだ。縊死体、溺死体、服毒死体、轢死体、……。それもよりによって彼の人生で大切なときにばかり。
これの初読はアンソロジーだったが、これ一編だけが他の話から浮き上がって見えた。作者の底意地の悪さが炸裂している。
「目撃者」は、人を轢いてしまったタクシー運転手の話。相手が向こうから車の前に飛び込んできたはずなのに、目撃者の花売りの少女はタクシーが歩いていた被害者を轢き倒したと主張する。警察でも新聞社でも少女と対決させられて勝ち目のないことを悟った彼は精神的にも経済的にも追い詰められ、あたかも本当に自分に非があったように混乱してしまうが……。
子供は怖い。純粋だからなおさら怖い。特に明確な理由付けがされてないのが怖い。
「跫音」は、今までまっとうに生きてきた愚直な男が本当の悪人に初めて出会ってはずみで絞め殺してしまう。全くの赤の他人でつながりもないため警察はなかなかやってこない。だが、男は新聞記事から迫る追っ手の跫音を聞きつける思いをする。どうにかしようとアリバイの証言を手当たり次第に頼みにいくがそれが裏目裏目に。
男の右往左往する姿は滑稽であり物悲しく、最後の一言が何とも皮肉。
「とんずら」で、保険の外交の男は訪れた家の人妻が何者だったかに思い当たって愕然とした。十年前西新宿に立っていた街娼で、行為もさせずにボーナス五千円をだましとって逃げた女だ。
あのときの貸しを今度こそ返してもらおう。そう彼は決意したが……。
悪い奴はとことん悪く、浮かばれない奴は本当に浮かばれない。
「飛ばない風船」は、出世のために長年貢いでもらってきた年上の恋人を始末しようとする男の話。彼の立てた計画は殆ど完全犯罪と言ってもいいものだった。
それが意外な盲点によりがたがたと崩れ去る一瞬。
よくできた短編。同じような状況の話は他の作家でも結構あるが、結末の切れ味が流石に鋭い。
「知らない顔」では、ごく平凡なサラリーマンが己の顔が凶悪犯人の手配写真と瓜二つで困惑する。おどおどと人の顔を窺っているうちにあたかも自分が犯罪者のような錯覚までしてしまう。妻との関係もうまくいかないとき、そんな彼の心にある夢想が忍び寄る。
一方的な災難から変心を起こすあたりが風太郎らしい味。日記形式を生かしてもいる。
「不死鳥」は、老博士とその若い妾と隣家の少年との三角関係の異様なる顛末。妾を愛してしまった少年は、老博士を殺すことをほのめかすが、実際に博士の周りに事件が起こって恐怖する。
天井裏から覗く死人の目という不気味なイメージ。
老人の妄執。若い女の血のたぎり。少年の烈しい恋。
何重の解釈も可能な話。
結局勝ったのは生命力に満ちたものか。
最後の一言も意味深である。
「ノイローゼ」では、夫婦の双方がある人物のもとに出向いて心配事を語る。妻は前夫を亡くしての再婚で、その前夫は今の夫の年上のいとこだった。なぜか今の夫が前夫の態度に似てくる不思議。夫にはとある不安があったのだが。
一点が欠けた三角関係の後日談。江戸川乱歩の「疑惑」をどことなく思わせるが、結末がなんだか妙に曖昧になっている。
「動機」は、ある男がことあるたびに何者かに対する殺意を燃やしていく。医者に行って性病と診断されて。今は亡き初恋の女性の妹に巡り合って。病気のことを妻になじられて。仲人が重病にかかったことを聞きつけて。義母が病死して。
読者には殺意の正体がはっきりわからないまま遂に事件が起こる。奇想天外にしてなんとも効果的な殺人方法は特記もの。
これらの他人にはうかがいしれない動機を生かしての結末のひねりにもうならされる。
「吹雪心中」では、久々に出会った男と女のつかの間のはずのアヴァンチュールが無惨な運命に突き進む。
これの初読は鮎川哲也編の鉄道アンソロジーだが、ちょうど現代教養文庫で風太郎に出会ったばかりのころで、この作者はただものじゃないという印象をまたも深く刻み付けられたものだった。
「環」は、取り立てて悪人は居らずむしろ善人ばかりなのに、彼らが引き起こす悪因縁の環。作者の皮肉な視線が暴き立てた世相の一断面。
「寝台物語」は、中国からの戦利品の「鶯の寝台」にまつわる因縁の物語。子爵のお嬢さんを挟んだ婚約者の伯爵家の御曹司と貧乏書生の立場は戦争を境に逆転する。かつての書生、今少壮の弁護士は粘り強く二人の前に立ちふさがる。だが、彼がその野望を果たそうとしたそのとき、思わぬことで足をすくわれる。
冷血な悪党でも弱みがあるのが人間。
巻末の『夜よりほかに聴くものもなし』は、定年間近の八坂刑事が狂言回しとなる連作短編集。
毎回毎回がどこか奇妙な状況の犯罪が起こり、最終的には同情すべき立場にある犯人が告白し、それに八坂刑事が「それでも、おれは君に、手錠をかけなければならん」と応えて幕になる全十話。
「証言」では、田舎道で暴走車が母子を轢き殺した事件で目撃者の手配犯は運転手の社長の息子に落ち度がないことを証言した。罪を償って出てきた目撃者を恩恵を受けた社長は雇い入れたが……。
「精神安定剤」で、ホテルで自殺を図った男は東北S市の刑務所に勤める医師だった。八坂刑事は彼がうわごとで幼女誘拐殺人事件の犯人の死刑囚を殺したと言ったのを漏れ聞くが……。
「法の番人」で、右翼団体幹部が溺死させられた事件で警察に出頭してきたのは刑法の教授とその令嬢だった。八坂の後輩の南部刑事は強い正義感の持ち主で、いつになくこの二人を苛烈に扱って令嬢を自白に追い込んだが……。
「必要悪」では、夫の政敵に打撃を与えるために占領軍用売春施設RAA(京極夏彦『絡新婦の理』でもお馴染み)のことをほじくりかえそうとした代議士婦人が毒殺された。その場にいたのは、政敵夫人、作家、元売春婦、そして彼女の娘と秘書の五人だけだったが……。
「無関係」では、美容室を営む一家が次々と災難に遭うのを不審に思った八坂刑事が聞き込みに回るが、その一家を恨んでいそうな者といったら大きな鉄道事故を起こした機関士の一家だった。ことあるごとに噂をばらまかれたり子供をいじめられたりして逆襲に転じても無理はないと思わされたが、彼らにはアリバイがあって……。
「黒幕」では、娘に絡んできた愚連隊と思って工員三人に傷を負わせてしまった洋服店主人が三年の刑期を終え出獄してきたが、その事件をきっかけに本当にやくざものになった三人組が店に出入りしているという。八坂刑事の問いに店主はゆすりではない、償いをしているだけだと三人組の犯意を否定するが……。
「一枚の木の葉」では、富士五湖の西湖湖畔の別荘で四人の人間が殺され多額の現金が奪われるという事件があり、八坂刑事は土方のような服装で野宿の旅をするのが趣味という大学助教授から事情を聴取した。助教授は自分が犯人だと自白したが、どうも信じられなかった八坂刑事はその妻に会いにいったが……。
「ある組織」で、税務署員が死んだ交通事故の裏にあった企みに八坂刑事は気づく。殺人の最初の依頼人が三十五万円を請負人に渡し、第二の請負人には六万円が渡り、第三の実行者は二千五百円を受け取り、これで人ひとりが葬られたというが……。
「敵討ち」では、娘が産業スパイ事件の犠牲になって死んだという男が八坂刑事に向かって憎い敵を討つと宣言をする。そんなことはよせと八坂はたしなめたのだったが、彼の予想を越えた方法で敵討ちは実現されてしまったのだが……。
「安楽死」では、温泉へ向かう車がえんこして吹雪の中を歩いてきた夫婦のうち妻が凍死した。八坂刑事は嘘を見抜くが、夫は宣告されえない癌の恐怖から逃れるための安楽死だったと主張するが……。
この連作では初期の凝りに凝った構成は影を潜めてはいるが、その代りに人の心の動きに着目している。
なぜこんな奇妙な状況が生じたのか動機重視の話になる。
法律の不備や社会の矛盾を突いた話が多いので、風太郎流の社会派ミステリーという感じもする。
どれかベストといえば、幼き日の思い出を守るために必要悪と不必要善のどちらか一方の抹殺を迫られた第四話か。
『夜よりほかに聴くものもなし』というタイトルは、「巴里に雪のふるごとく」にも登場したヴェルレーヌの詩のフレーズに由来し、『誰にも出来る殺人』で第三の間借人のサラリーガールが口ずさんでもいる。
一、二巻目の収録作が1948年から1958年に対し、本巻の収録作は1955年から1964年。確実に世相は移り、ミステリー界の動向も仁木悦子『猫は知っていた』(1957)や松本清張『点と線』(1958)のベストセラーなど大きく変わってきた。それに伴って山田風太郎の作風も変化してきている。だが、本質にあるものは何も変わっていないことを作品さえ読めば感じ取れる。