『ミステリ・オペラ』に次ぐ検閲図書館・黙忌一郎シリーズ第二作。時系列的には第一作より前であり、二・二六事件勃発直前の昭和11年の東京が舞台である。
小林多喜二を殺した男との悪名を持つ警視庁特別高等部(特高)の警部補である志村恭輔は、課長の命令により小菅刑務所で無決囚の検閲図書館黙忌一郎に会って特命を受ける。
どこで撮影されたものともわからずに検閲図書館(検閲映画館)に持ち込まれた
江戸川乱歩原作の映画「押絵と旅する男」を見せられて、
それに出演した乱歩に酷似した男と芥川龍之介に酷似した男とを探せというのだ。
後者の男は乃木坂芸者殺人事件の被害者である照若に萩原朔太郎の弟の恭次郎としてつきまとっていた。
事件の関係者の手記には乃木坂界隈が「猫町」のような異形な空間と化したことが記されていた。
黙はこの市井の事件の陰に青年将校の武装蜂起を扇動する勢力が潜んでいるのではないかと考えていた。
また、一方で小菅刑務所には遠藤平吉というサーカス団上がりの不思議な男が囚われていたが、やがて脱獄してしまう。
タイトルは榎本健一の喜劇映画「エノケンの魔術師」より。
松本清張の”昭和史”に対する江戸川乱歩の”昭和史”を、そして山田風太郎の”明治物”に対する”昭和物”を目指したものだという。
読んでいるときは無性に面白い。
乱歩を初め好きな作家や気になる作家が事件に微妙な関わりをするのでわくわくする。
『ミステリ・オペラ』同様に生頼範義による表紙絵には内容全てが書かれているのだが、乱歩、龍之介、朔太郎、恭次郎の似顔絵が並んでいる。
そして遠藤平吉、後の怪人二十面相の扱い方が一種独特で凄みがある。彼の人物を芥川を自殺に追い込んだドッペルゲンガーと結びつける発想にはほとほと感服した。
さらに奇想は乱歩『猟奇の果』に記された大陰謀にまで及ぶ。
実在人物の阿部定までもおまけのように登場する。
ただ、元が連載のためか一部の書き方にくどいところがある。
また、肝心の「N坂の殺人事件」の真相がごちゃごちゃする割には探偵小説的な面白みがあまり感じられない。
それに最後の戦いが何だか今一つ盛り上がりに欠ける。
黒幕が『ミステリ・オペラ』まで健在なことがわかっているせいもあるのだが。
山田風太郎亡き後これだけの力業ができる作家は他に思いつかないので、今後とも頑張ってほしいものではある。