山田正紀『ミステリ・オペラ』

山田正紀『ミステリ・オペラ』



 探偵作家小城魚太郎の傑作『赤死病館殺人事件』中の作者と同名の探偵が相棒の校倉検事に語ったものとして本文中で何度も引用される台詞である。
 小城魚太郎の出典は
小栗虫太郎で、自作の中で自分を思わせる探偵作家として名前を出している。『黒死館殺人事件』では、『近世迷宮事件考察』でキュービダイ家の絶滅を顔面右側のグプラー麻痺によるものと論じ、「白蟻」では、「後光殺人事件」の中で精神の激動中に死を発した場合に瞬間硬直を起こすという理論を扱ったとしている。
 『ミステリ・オペラ』の作中の戦前の日本にも小栗虫太郎も江戸川乱歩もおり、他にも海外作品のヴァン・ダイン『僧正殺人事件』やカー『三つの棺』、クイーン『Yの悲劇』などに言及されるが、架空の作家小城魚太郎には登場人物として重要な役割を果たさせている。

 山田正紀の大作、『ミステリ・オペラ』。現代の事件と昭和十三年の満州国の事件が重なる二重構造。いくつもの手記や作中作が併記され読者を眩暈のような混乱に誘う。
 現代の部では、職場の屋上から投身自殺した編集者荻原祐介の妻桐子が夫の死を受け入れられずに彷徨する。自殺の動機どころか夫が何を考えていたのかもわからず桐子は愕然とする。しかも投身の場を見たという目撃者は彼がふわふわと時間をかけて降りていったという奇怪な証言をする。 夫が残した暗号としか思えないトランプと数字。さらに彼女は祖父の形見の稿本の小城魚太郎が書いたかもしれない『宿命城殺人事件』と手記を読み進める。 彼女は夫が生きている平行世界を信じ、『宿命城殺人事件』中の登場人物の中国人娘朱月華と一体化するのを感じる。
 戦前の部では、満州国の建国神廟を創設するにあたりそのための奉納オペラとしてモーツァルトの『魔笛』が上演されることになる。 善知鳥良一は舞台進行の助手として満州映画協会に雇われ、脚本担当の小城魚太郎、弘報処・満映担当の早見風弘、プリマ・ドンナの白香花らと行動をともにする。 ところが殷王朝の廃墟から発見された巨大な化石人骨に記された甲骨文字に見立てたとしか思えない連続殺人が起こる。 密室内で古代王朝の戦車の下敷きになって死んだ男。 水の神や風の神への生贄にされた屍体たち。 さらには南京大虐殺までも三千年前から予言されていたかのようになる。 そしてオペラ『魔笛』の上演の舞台となる 秦の始皇帝の陵墓に程近い地に喇嘛様式の寺院を模して再建された宿命城において最後の惨劇が起こる。

 大作感、満腹感は非常にある。特に戦前の部での舞台背景や雰囲気がよい。 古典的な探偵小説をなぞるならもっと宿命城でのシーンが多い方がよかった気はするが。 乱歩の探偵小説にもないという趣向も面白い。
 だが、果たしてこの作で異常なもの、奇形的なものに仮託して真実を語ることができたのだろうか。それはいささか疑問である。五十年の事件を貫く狂言回しである検閲図書館の黙忌一郎が作者の意を汲んだ人物であろうが、その特殊な人物造型にも関わらずあまりにも健全過ぎる。 全ての糸を引く黒幕に対する対処にしても、押し潰された者に救いをもたらす結末にしても。
 本文中で一個所だけ<虚無への供物>という言葉が使われている(P439)。 本来無意味なものに無理やり意味を見出そうとする行為こそが虚無への供物であり、それは徒労に終わるかあるいは途方もないしっぺ返しを食らうことになる。 歴史は権力者や黒幕がつくるものではない。特に明治大正昭和の近代史はそれらよりももっと無責任な暴君である物見高い御見物衆によりつくられたものである。探偵小説でしか語り得ない真実はそれを認識したところから見えてくるのではないだろうか。


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