横溝正史が博文館で探偵雑誌の編集者をしていたときに翻訳家としてした仕事から長編二編を収録したもの。ちょうど正史の初期作を読んでいるところなのでこれも読んでみた。
『鍾乳洞殺人事件』は、アメリカのウィップルによるもの。今では忘れ去られた作家である。
米国南部セナンドアで大洞窟が発見されて地質学者のアシ博士と秘書のヘゼルは調査のために所有者のカーターに招かれる。洞窟の見学に同行したのは、華府(ワシントン)から来た新聞記者、なぜか滞在している紐育(ニューヨーク)の女優、新婚旅行中の夫婦、自動車旅行で立ち寄った老嬢。
ところが見学で入った鍾乳洞の奥の院の大広間でカーターは殺されてしまう。
その死体の胸には天井から折り取った鋭い氷柱のような鍾乳石が突き刺さっていた。
この事件に田舎警察の警部が乗り出してくるがまったく歯が立たない。やがて一行からある人物が失踪してその死体も鍾乳洞から見つかるようになる。やはり胸に鍾乳石を突き立てられて。
正史と鍾乳洞といったら無論『八墓村』が連想されるが、本作は顕著に影響を与えている。『八墓村』の主人公の寺田辰哉が本作を読んだ記憶を回想する場面まである。なお、ちょうど並行して読んでいた正史の長編第一作『呪いの塔』が立体の迷路であった。
本作は名作と呼べるようなものではないが、読者を混乱させるレッドヘリングのばら撒き方が細かいところでうまい。
また犯人の隠し方がそれなりに意外で結構驚く。
『二輪馬車の秘密』は、オーストラリアのファーガス・ヒュームによるもの。こちらは原著発表当時には大ベストセラーとなったものであり、私は江藤淳・足立康訳の新潮文庫版(1964)も既読であるが、内容はすっかり忘れていた。
メルボルンの繁華街から二輪馬車に乗った二人の男のうち一人は酷く酔っておりもう一人はそれを介抱していた。介抱していた鹿毛色の外套の男が先に馬車を降り、目的地に着いて御者が残った男を起こそうとしたら既に事切れていた。死体に残っていたのはクロロフォルムの匂い。被害者ホワイトを殺したとして逮捕されたのは、彼と富豪フレトルビイ氏の令嬢マッヂの愛を争ってた社交界の伊達者ブライアン・ゲラルドだった。彼は自分は殺していないと言いながらもその時刻に何をしていたかを供述するのをあくまで拒んだ。何としても助けようとするマッヂと弁護士カルトンはただ一人の証人を求めて奔走する。
ゲラルドが証言できない理由は薄々わかりながらもそれで最後まで引っ張る。
裁判で無罪を勝ち取りながらもまだ真犯人はわからずさらに緊張を盛り上げていく。
トリック、ロジックに見るべきものはないが、それでも予想を裏切る展開に驚いた。
解説によると、正史は忠実な翻訳を行うよりも刈り込んで伝奇ロマンス風な強調を本作に与えたとのこと。
こんなところからも後の長編創作の技術を磨いていったのだと思う。
正史の人気の故とは言え、こんなものが読めるのはうれしいことだ。探偵小説勃興期の雰囲気を味合わせてもらった。