正史の初の書下ろし長編である。新潮社の「新作探偵小説全集」の第十巻。角川文庫版の初版は1977年3月。
翻訳翻案や中編をどう扱うかで処女長編が何になるか変わってきてしまうが、本作が著書として長編第一作なのは間違いない。この記念すべき第一長編が結構な問題作であった。
探偵雑誌の編集者で作家でもある由比耕作は先輩作家の大江黒潮が滞在する軽井沢を訪れる。
由比は大江の別荘に向かう俥の中で車夫からそこに集まる人々がしきりに恋愛遊戯を繰り広げているという評判を聞く。
由比が行ってみると大江とその妻の折江のところにロケで滞在していた映画監督や俳優、女優たちが集まって異様な情況を呈していた。
ちょうど大江がその発想を学んで小説に書き始めたという古い友人の白井三郎が来ることになり、一同は大江を被害者にした探偵劇を行って白井に犯人を探させることにする。
探偵劇の舞台としたのは閉鎖された遊園地の「バベルの塔」と呼ばれる建造物で、七つの入り口から屋上に上がるまでに分かれ道や袋小路がある立体の迷路だった。
ところがその劇の最中に本当に大江黒潮が刺殺されてしまう。七人の容疑者には芝居の上でない大江を殺す動機がそれぞれにあった。
由比が作者で大江黒潮が江戸川乱歩のことなのは誰が読んでも一目瞭然である。
冒頭で由比が編集者と作家の両天秤に疲れながらも収入のことを考えるとなかなか専業には踏み切れず、先輩の大江に決心を励ましてもらいたいと思うあたりはそのまま作者の心情に違いない。
名張人外境によると作中で大江黒潮の作品とされる『恐ろしき復讐』は乱歩のある傑作の原題だったという。
正史のこの作もそれを踏まえて展開してかなりとんでもないことになってしまう。
若き日の正史は大胆と言うか何と言うか。
なお、『横溝正史翻訳コレクション 鍾乳洞殺人事件/二輪馬車の秘密』と平行して読み進めることになってしまったのだが、『鍾乳洞殺人事件』(<探偵小説>1932.05掲載)とはちょっとした共通点があった。こちらでは地下の鍾乳洞の迷路での殺人事件が緊迫感を高めるが、本書ではそれを立体の迷路に改作している。迷路の中に潜んでいた人物の存在が明らかになり、いったんはその人物にすべての罪が擦り付けられるというプロットも同じである。
人に歴史あり。巨匠は一日にして成らず。やはり執筆順に読んでいくと実に興味深い。