本名正史(まさし)。大正一〇年のデビュウ以来、七十九才での死に至るまで常に現役の探偵作家であり続けた人。
私は横溝正史が嫌いでした。別に深い理由があったわけではありません。あの横溝正史ブームは私が中学生の頃。そのとき何冊か読んでみましたが、とても好きにはなれませんでした。まだ乱歩もカーも読んでない時分だから無理もない。それに角川文庫の表紙が悪すぎた。あれが平積みになってるところの前には凄い妖気が立ちこめていてとても通れなかった。それにほっとけばほっとくほどマイナーな方へ転がっていくのがマニアというものです。毎晩TVの低予算ドラマでやってるものの原作なんてちゃんちゃらおかしくて読めなかった。
全集所載の*「鬼火」を読んだことが転機となりました。竹中英太郎の挿絵とも相俟って、あの探偵小説の感動を味わうことができました。
正史の処女作は+「恐ろしき四月馬鹿」。乱歩におだてられて上京し<新青年>の編集部に入るまでが投稿家時代。昭和二年には<新青年>第二代編集長となり、渡辺温と組んで大正モダニズムのメンズマガジンを演出しました。博文館を退社していよいよ創作に本腰を入れ始め、「面影双紙」発表後、百枚読切に挑んだが結核で倒れる。*「鬼火」はその療養期に書かれた正史再出発の第一号です。そして「蔵の中」「かいやぐら物語」等この時期の作品は(と言ってもこの四編しか読んどらんが)、耽美幽幻の気に溢れ、乱歩の初期作とも一脈通じ、谷崎潤一郎、佐藤春夫等の反自然文学の流れをひくものです。このあたりの作品なら私にも抵抗なく受け入れることができたわけです。
戦時中は、+『人形佐七捕物帳』で糊口を凌ぎながら、J・D・カーの諸作を読み猟る。それが起爆剤となり、戦後正史は金田一耕助を要する本格長編の第一人者となったのでした。さらに社会派全盛の暗黒時代を抜けてあのように華麗に復活を果たしたことは皆様御承知のとおりです。
私も正史の偉大さが段々わかってきたので、今後は悪口も少しは謹みたいと思います。戦後長編ももっと素直な目で読めるようになると思います。
でも、私はまだ当分の間本格的に正史を読み始めるつもりはありません。乱歩、久作を読み尽くし、また、虫太郎、十蘭を完読する日が来ようとも、正史が殆ど手つかずで残っているなんてなんだか世の中が明るくなってくるではありませんか。