さて、さらに前回の五十嵐さんの『ふとした表紙に』の横田順彌について僕の立場から述べてみたいと思います。
僕から見て横田順彌といったらやっぱり古典SF紹介人としての印象が強いです。僕が好きな戦前の探偵小説と分野が重なりますものね。そして『日本SFこてん古典』の「はじめに」。古典SFの研究を始めた動機、周りのみんなが自分の知らない海外のSFの話を始めたら、自分もみんながわけのわからないことを話して対抗しよう、というのは、<探偵小説>を発行し始めたときの僕と全く同じじゃないですか。
明治SF、僕も大好きです。僕のアンテナに引っかかるところもかなり多い。例えば『水晶の涙』の冒頭には当時医学生の小酒井不木が名前だけ登場。それから『時の幻影館』第六話「空」に登場した村山槐多についてはちょっと語っておきたい。
実在人物としての村山槐多は洋画家で詩人。探偵小説の実作も短編三つがあり、特に恐怖のグロ小説「悪魔の舌」(横田編『日本SF古典集成』〔T〕(早),『文豪ミステリー傑作選』第2集(河)等収録)で名を残しています。大正デカダンスにおける文字どおりの人を食った話。他の二作は「殺人行者」と「魔猿伝」。題名通り中身もおどろ。絵の方では怪奇的な画題(「六本の手ある女」「尿をする裸僧」等々)で天才とうたわれました。かつ、またグレコマニアとしての少年愛の賛美者という一面もありました。江戸川乱歩が槐多の絵で書斎の壁を飾りたく思い、「二少年図」なる乱歩自身の趣味とも一致する絵を手にいれた喜びを熱烈に語っておりました(『幻影の城主』)。
僕はかつて仙台の古本市で『村山槐多全集 全一巻』(彌生書房)古書価2000円なる本を見つけたことがあります。一晩買おうか買うまいか考えて、よし買おうと思って次の日行ってみたところなくなっていて、世の中に物好きは僕だけじゃないことを思い知らされました。
横田順彌に触発されて僕にも一つ創作ネタが浮かびました。時代を少しずらして、『新青年』編集部を舞台に巻き起こる怪事件、というのはどうです。隠棲状態の江戸川乱歩に御意見伺いに行く横溝正史編集長とか、渡辺温事故死の真相とか、九州からいきなり上京してくる夢野久作とか、謎の投稿家の正体とか・・・・・・。なんだかいくらでも出てきそう。二番煎じになるけどいつか書いてみたいなあ。
今回は前号のお便り特集みたいになってしまいましたがまた次回。