<シアタースポーツの歴史>

 
2006年ドイツ「世界シアタースポーツ・チャンピオンシップ」より


【シアタースポーツTMの始まり】

  シアタースポーツTM は、キース・ジョンストンとカルガリー大学の生徒たちによって、1976年に創られました。当時、彼らのグループ「シークレット・インプロ・グループ」がカルガリー大学のキャンパスでお昼にパフォーマンスを行っていたパフォーマンスが「シアタースポーツTM」の前身です。このグループは後に「ルース・ムース・シアターカンパニー」となり、その後22カ国に広がる芸術スタイル「シアタースポーツTM」を行う中心的な劇団となりました。

カルガリーに来る前のキース・ジョンストンは、1956年から1966年の10年間、イギリスのロイヤル・コート・シアターで演出家として活躍しただけではなく、デニッシュ・シアター・スクールやロイヤル・アカデミー・オブ・ドラマティック・アートなどヨーロッパの演劇学校で教え、彼の劇団「シアター・マシーン」は、シアターゲームや即興的なムーヴメントを用いた1960年代でもっとも創造的な劇団であり、ヨーロッパで広くツアーをして、1967年のエキスポに出演するなど、華々しい活動を行っていました。

そしてジョンストンは、2つの問題を解決するために、シアタースポーツTMを創りました。
ひとつは「どうして、劇場に人々はやってこないのだろう?どうしてスポーツに人は熱中するのだろう?」という問題。観客を劇場に呼び戻すためにはどうしたらいいだろう。これが彼の大きな疑問でした。「“文化”という堅苦しいウンチクがあるから、人々は劇場に足を向けないのではないだろうか?」

たとえば、野球というスポーツを見てみましょう。人々が野球の試合を行くときには、その試合がいい試合になるかどうかは、誰にも分かりません。もしかしたら、ものすごくつまらない試合になるかもしれないリスクもあります。それなのに人々は、苦労して高額のチケットを買い、チームを応援するために衣装や小道具を用意して、スタジアムにやってきて、あたりまえのように大声を上げて応援します。結果的につまらない試合であっても、次回に期待して、また観客はやってきます。どうしてでしょうか?結果がどうなるか分からなくても、お客さんは喜んでスタジアムにやってきて、自分から積極的に楽しんで帰ります。それが当たり前のことのようになっています。

それに比べて演劇はどうでしょうか。スポーツの一般性・大衆性にくらべて、劇場に出向く人はとても限られています。そしてお芝居の場合、その作品が面白いのかつまらないのかを事前に調べて、評判のいいお芝居は行くけれど、評判が悪いお芝居には行かないという風習があります。たとえば、ブロードウエイでは初日のレビューが観客動員に大きく響きます。そして最初の数日に観客の入りが悪いと、すぐに上演中止にさせられてしまいます。

ジョンストン氏は、スポーツという分野にやってくるお客さんの“情熱”を、「うらやましい」と思っていました。そして演劇をもしスポーツイベントのように行えば、もう少し一般の人々(劇場にあまり馴染みのない人たちが劇場にやってきて、演劇を楽しんでもらえるのではないかと考えました。そこで発案されたのが「シアタースポーツTM」です。
もう一つの問題は、パフォーマーが即興の技術を磨くための方法を探していました。そして「シアタースポーツTM」は、パフォーマーにとっていいフォーマットだとジョンストンは考えました。そうです、シアタースポーツは、プレーヤーが即興をするためのすばらしいトレーニングの場でもあるのです。
このように「シアタースポーツTM」は、演劇に観客を動因するため、そして新人のパフォーマーたちのスキル・アップのために、このフォーマットは開発されました。

 
 アメリカ、ベイ・エリア・シアタースポーツにて


【日本での「シアタースポーツTM」の歴史】

 日本では1994年に、(株)UPSの主催で初めて「シアタースポーツTM」が紹介されました。最初は、オーストラリアの国立演劇学校のインプロ講師のリン・ピアス先生(インプロ・ワークス顧問)が何度か来日されて、長期でワークショップを実施、「シアタースポーツTM」の上演まで行いました。最初は京王線沿線の小さなスタジオでの上演でした。その後、カナダ大使館など大きな劇場で上演することになります。その後、デニス・ケイヒル、キース・ジョンストンも来日し、「シアタースポーツTM」やインプロの指導を行っています。現在、日本でもいくつかのグループが「シアタースポーツTM」のライセンスを取得して公演を行っています。

 リン・ピアスさんの写真

 左から、デニス・ケイヒル、絹川友梨、キース・ジョンストン
1996年カナダ・カルガリーでの「インプロ・サマー・スクール」にて

 


インプロ・ワークス代表の絹川友梨は、1994年からキース・ジョンストンからの直接の指導を何度も受け、その後、インターナショナル・シアタースポーツ・インスティチュートやたくさんの海外のシアタースポーツ・グループたちと出会い、情報交換を行い、パフォーマンスに出演、ワークショップに参加など交流を深めてきました。そして2006年にはドイツで行われた「世界シアタースポーツ・チャンピオンシップ」に日本代表として出演しました。「シアタースポーツTM」に関しては、勝敗を過度に意識しすぎるフォーマットに疑問を持ち、取得を留まっていましたが、2006年の「海外インプロ・ワークショップ・プログラム」によって、シアトルの「Unexpected Production」 で「シアタースポーツTM」を学ぶうちに、このフォーマットの良さを再認識。このプログラム参加者と共に、新しい「シアタースポーツTM」を日本でやろう!という気持ちになり、ライセンスの取得となりました。

    

「シアタースポーツTM」には上演権利があります。 インプロ・ワークスでは2006年に正式にライセンスを取得しました。
管理・運営はインターナショナル・シアタースポーツ・インスティチュート(International Theatresports Institute)です。