ヲタに説法。
その1:まえがきとか
突拍子もなく始めてしまったものなのですが。
「俺的退廃ニキー」の内容とかぶる部分もあるだろうしteam KuSoGe-の"ELILIST" Manami-Joestarとしてではなく本名名乗って書くべきことであろうけれども、まぁそこのところは適当にというか、自分の思ってることの備忘ということでよろしくですわ。
微妙にというかかなり宗教的(思想的)なネタになるのですが、このコンテンツは特定の宗教や宗派を支持信望するもの(特定の宗教や宗派への入信をすすめるもの)ではありませんし、逆に特定の宗教や宗派を批判するものでもありません。また、自分の不勉強さゆえに誤った記述や誤解を招きかねない記述をする箇所も出てくるかもしれません。誤りについては随時修正していくつもりですが、そこのところはご了承いただきたく存じます。
静かに人間としての最期を迎えることができればイイナ、というのが今の自分のささやかなる夢であるのですが、俺のような煩悩まみれの奴が大往生などできるわけないとも思ったりするわけです。
いちおう仏教の教義の基本中の基本の部分については(知識として)知ってはおります。
曰く、人間の悩みの根本原因は期待と現実との矛盾(現実を自分の期待通りにさせようとすること)から生じるものであり、現実をあるがままに受け入れ欲望を制御すること(現実を思い通りにさせようとする自我を反省すること)が、苦悩から脱却するための方法である、とのことです。(ここのところは思い切り端折っております)
そういうのを聞くと、「初回特典」「初回限定版」というのにつられたり、クレーンゲームでぬいぐるみゲットするために数千円つぎ込んだり、主題歌シングルCD買って、(主題歌も入っている)挿入歌集買って、キャラクタソング集買って、それらの曲が全部入っている全曲集まで買って、とか、中の人見たさに往復数万円かけて地方から東京出てきてショーを見に行ったりとか、えっち画像が公開されている画像掲示板で「続きうpキボン」とカキコしたりする、というのは煩悩丸出し、欲望の制御ができていないということになりましょう。
もっともっとと貪る心でいっぱいになっています。
・・・・・・これは自分のことなんですけどね(上記具体例は一部自分には当てはまらないですけども)。
「もっともっと」というのが嫌いだ、と言ってる割に実際はもっともっとと貪っている。言ってることとやってることが全然違う、矛盾してる。
でも、生きることそれ自体矛盾なんじゃないのかしら。「生きたい」と思っていても最後には死ななければならないんだから。
だったら今すぐ死ねばいいじゃないかとも思うんだけど(そう思ったこともあるけど)、それは実行するべきではないね。いつかは死ななくちゃいけないんだからわざわざ自分から死にに行かなくてもいいじゃん。(それがいつなのかはわからないけれども)死ぬべきときに死ねばいいじゃないのかな、と、今は思ってます。
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