ヲタに説法。


その3:戒名

日本では、多くの場合人が亡くなると僧侶を呼んで葬式をあげてもらいます。その際、僧侶から亡くなった方に対して戒名(法名)がつけられます。聞くところによると、人は死ぬと仏弟子になるから、葬式を執り行う僧侶が亡くなった方の師僧として(新たに仏弟子になった)亡くなった方に対して戒名を授けるということだそうです。
人が死ぬと(死んだ人の意志とは無関係に、家が仏教なので)自動的に仏弟子になるというのはなんだかな、という気もするのですが。

ときに、本来、戒名は人が死んだときにつけられるものではなく、出家していない仏教徒がある一定期間寺院にこもり、戒律を守って修行に励んだことを証明するものとして、その寺の住職が戒名を紙に書いて渡したのが始まりだそうです。
律を守って修行した者の前だから「戒名」ということなのでしょう。
ところが、現在では「地獄の沙汰も金次第」じゃありませんけど、当人が亡くなってはじめて顔を合わせた坊さんに幾ばくかの金(これを俗に「御布施」といいます)を包んで戒を(事実上)う、「戒名」じゃなく「買名」と言った方が正しい、という状況となっております。
アホらしいと思いつつも世間体とかがあるから仕方なく戒名を買ってるということでしょうからそれを改めるのは大変難しいことではありますけれども。

ですが俺個人が死んだときには、金で買うような「戒名」など不要。そもそも、親の法事のときくらいしか顔を合わせない僧侶を自分の師僧とするのは変だし(親の菩提寺の行事に顔を出さない俺も俺だがそれは俺がその寺の宗派に帰依していないことを如実にあらわす何よりの証拠だ)、その僧の下で修行したわけでもないし。 墓立ててくれるんなら墓標には親が名付けてくれた俺の本名書いておいてくれ。それができない(金で買った戒名を墓に記す)んだったら墓立ててくれなくてもいい。焼いた後の骨はどっかに撒いてくれりゃいい。焼くのも面倒なら海に沈めて魚のエサにでもしてくれ。
という気持ちだったりしますね。

むろん、親兄弟や身内が亡くなったときには実家の宗派のしきたりに従って亡くなった方をお送りしますし、知人縁者が亡くなり通夜や葬儀に参列させていただく際にはその宗派の式次第に背くような送り方はしませんが。
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