ヲタに説法。
その4:欲望と願望
あけましておめでとうございます(と言いつつもこのネタは05年中に書いております)。
皆さんも初詣に行って「○○になりますように」などとお祈りされてきたことと思います。
人間は夢や願いがあるからこそそれに向かって頑張ることができるんだ、とはよく言いますね。しかしながら、その夢や願いっていうのは、よくよく考えてみると、「いい学校に入りたい」「いい仕事につきたい」「いい男(いい女)と結婚したい」「お金がいっぱい欲しい」「健康で長生きしたい」などなど、欲望と五十歩百歩なものが大変多いような気がします。欲望と言うものはキリがありませんから、ひとつ欲望が満たされると今度はこれ、と、もっともっとといつまでたっても満たされない。
とはいうものの、「俺の願いは欲なんかじゃない」とご立腹の向きもあろうかと思います。そこで、「欲望」と「願望」の違いについて、自分なりの考えをつらつらと書いてみます。
辞書をひきますと、
欲望:ほしがり、のぞむこと。不足を満たそうとする心。
願望:ねがいのぞむこと。
とあります(角川国語辞典新版)。どっちも同じような意味です。
しかしながら、「欲望」と「願望」の間には厳然とした違いがあると思います。
欲望は私利私欲のみを求めている、自分さえよければそれでいいというもの。
願望は(欲望的な要素も含むが)必ずしも私利私欲のみではない、自利だけでなく利他的なものを求めている。
ということではないのかな、と、今は考えております。
あくまでも現時点での考えでありますので今後ころころと変わる可能性がありますが。
仏教では少欲知足ということを尊んだりします。無欲ではなく少欲なので少しばかりは欲を持っていてもいいのかな、ということなのでしょうかね。
願いをかなえるために一生懸命になってるようでその実は欲に振り回されているだけ、ということにならないよう、「これでいいんだ」と立ち止まることもたまには必要かもしれません。
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