車 歴 <乗用車編>

初代
1986年
 MAZDA
RX-7
SA22C

  初めてのマイカーを手に入れた。MAZDAのサバンナRX-7である。当時としては結構速かった車。赤
地に黒のフルエアロ仕様だった。見た目は派手だったがタイヤがしょぼい。165-70/14だ。まだ、60タイ
ヤが認可されていなく純正サイズは70までだった。すぐホイルスピンしていた。おにぎりエンジンは軽く回
りレブまで一気。あっという間にレブリミットまで回った。シグナルGPでは負けを知らなかった。箱根に
走りに行ったときに暴○族に囲まれたのもこの車。その日以来運転席とドアの間に木刀を忍ばせ
ていた。ある日羽田で検問に引っかかり職務質問されたこともある。「剣道の練習道具です」の一
点張りで何とか逃げたがとってもヤバかった。
2代目
1988年
NISSAN
SKYLINE
RS-TurboC

  父親が ハコスカGT-R、ケンメリGT、ジャパン、R31
パサージュGTターボと乗りついでいたこともあり、
小さな頃からスカイラインには愛着があった。幼い
頃(幼稚園入園当時)車と一緒に写ってる写真
はハコスカGT-R!我が親父も好き者だったと知
り嬉しくなってしまう。思い返せば、よく「いく
ぞ!」といわれタイヤを鳴かせながら走ってる助
手席に座ってた自分がいた。これが自分で手
に入れた第1号スカイライン。おきまりのホイルに205
-60/15ピレリを履いていた。マフラーは75φの車外
品に変更した。ルーフのアンテナがお気に入りだっ
た。4発エンジンはよく回り、車重も今よりかなり
軽かった。雨の日、R357でリアを滑らせガードレー
ルに当たったこともあった。ハンドルは真っ直ぐな
のに右フロントのタイヤだけが右を向いてしまった。
そんな事故を乗り越え1年半乗った。
3代目
1989年
MAZDA
ルーチェ

  会社に入り通勤に車を使用するようになって4
ドアもいいかな、なんて思って買い換えてみた。
時間潰しにカーセンサーを見ていてフイに思いつい
たのである。この車も衝動買いだった。セド/グロ
にしようかとも思ったがルーチェよりも100聖徳太子
高かったので和製ベンツと言われてたルーチェにし
た。なかなか装備は良くて快適サルーンだった。車
内にTVを付けビデオを運転席シートの下にセットし、
毎日の通勤時間にビデオを見ていた。この頃とて
も急がしく見たい番組を留守録したものはすべ
て通勤時の車内で見ていた。
4代目
1991年
NISSAN
Z32

  快適さに埋もれていれば快感を求めてしま
う。速さを求め高速ツアラーの代表であるフェアレデ
ィーZだ。280PSというビッグパワーを持て余すかの
ごとく走った。やはり車は速くなくてはいけな
い!いよっ!直線番長。通勤ではルーチェ、プライ
ベートではZ32と、この頃から車もTPOで使い分
けるようになった。僕にもバブリーな時代がやっ
てきた!?いいえ。ただ単に忙しくてお金を使
う暇なんかなかっただけです。この車は2by2
だったが、手放すまでにリアに人は乗せたこと
がなかった。助手席にだってほとんど乗せたこ
とがない。いつだってこいつに乗るのは俺なの
サ。
5代目
1993年
MITSUBISHI
GTO

  結婚を控えいつまでも2台もってちゃいかんと
Z32を手放し1年過ぎた頃、σ(^o^)は彼女(現女
房)と歩道橋の上から車の流れを見下ろしてい
た。するとそこに1台の黒い車が。すごく存在感
のある車だと思った。完全に一目惚れ。結婚し
たら買えなくなると思い、思い立ったまま三菱
へ。強気の三菱は値引き5万円を提示したが、
即金契約ということで30万値引きまでこぎつけ
た。500万近い買い物である。納車までの1ヶ月
が長かった。Z32に次ぐ新車購入。黒光りした車
が届いたときは心の中で叫んでいた。2500回転
で44kgmのトルクを発生させるこの車は首が置い
ていかれるほどの加速を見せた。リミッターカットだけ
で250km/hオーバーしたのはノーマル車においてGTO
かGT-Rだけじゃなかっただろうか。
6代目
1993年
NISSAN
SKYLINE
HCR32

  通勤にルーチェ、遊びでGTOと乗り分けていた
が通勤にも快適&快速車が欲しくなり10万km
走ったルーチェを手放してHCR32を購入。通勤時
の足にする。やはり、通勤快速車にはトランクは
必要だしね。仕事帰りに遊びたいと思っても大
丈夫な車にした。続けざま(GTO納車して1ヶ月
後)に2台の車を買ってしまった。これで衝動買
いは何台目なんだろう?でもルーチェ時代とは
違った。通勤が楽しくなった。言うまでもなくTV
&VTRは移植した。
7代目
1994年
JEEP
chelokee
SPORTS

  バブルの最盛期だった。通勤ではHCR32、走り
系の遊びではGTO。じゃぁ、レジャーは?ということ
で真っ赤なchelokeeを購入。4Lの排気量と車重
のせいで街乗りの燃費は5km/L以下だった。高
速を走っても7km/L弱。4駆ということもあるんだ
ろう。これで同時所有は合計3台。大変なのは
維持費。ガソリン代は3台同時に乗れないのでい
いのだが、駐車場代と重量税。R32が39500円、
GTOは54000円、chelokeeが72000円だったと思
う。2L、3L、4Lと年に3回に分けて払いたいぐ
らいだった。思えばこれが子供ができるまでの
道楽だった。
8代目
1995年
NISSAN
セフィーロ
 
  長女が生まれGTOで遊びに行くときにベビー
カーが乗らないことに気づいた。リアのハッチが閉
まらないのだ。女房も運転できる車がいいとの
ことでセフィーロに買い換えた。このとき一気に3
台手放しセフィーロ1台にする。25ツーリングだった。
オプションてんこ盛りの装備にし、快適FFサルーン
が我が家にやってきた。物足りなさはあったが
家族のためと辛抱していた。この車は乗りやす
かった。スムーズに滑り出し、メーターを振り切るま
でストレスは感じられなかった。が、ATだったせい
で車を操縦してるという感じはなかった。
9代目
1996年
NISSAN
SKYLINE
ECR33

  セフィーロの1年点検のためにディーラーに行ったあ
る日。マイナーチェンジを次週に控えたSKYLINEが飾
られてあった。フロントマスクが精悍になり引き締まっ
た印象を受けた。「かっこよくなったね」の一言に
女房も「かっこいいジャン」。よし!「これいつ発
売?」「来週です」「来週、試乗車を用意しておい
てね。マニュアルのターボ車で。」女房がかっこいいと
認めた車である。1年点検のつもりでディーラー
に行ったのが下取り査定になってしまった。きれ
いに乗っていたのとオプションが豊富なせいもあっ
て高値が付いた。次の週、ハンコを持って試乗しに
行ったのは言うまでもなく、その場で買ってしまっ
たのは言う前に分かっているであろう。。。その
通りである。
10代目
1996年
NISSAN
ローレル
 
  この年、実家は父親の会社設立事件でゴタ
ゴタしていた。やっぱり女は堅実である。会社
を起こすのにいくらかかるか心配していたみた
い。「営業に使う車なんてもう買えない!」という
母親に「家の車(ベンツとクラウン)で営業なんてで
きないだろ!」両者の対立は延々と平行線だっ
た。実家で家族会議を開いたときに「女はいつ
までもうるさいなぁ。車ぐらい俺が買ってや
る!」と言い放ってしまった。子供だってかっこ
つけるときぐらいはある。早々と上京し、1週間
で納車できる車を探す。ちょうど良く程度のい
い車が見つかった。4000km走行の半年落ち
のローレル。諸経費込みでジャスト200諭吉。1週間
で納車までこぎつけ翌週末には実家に届けに
乗っていった。当然父親は喜んでいたみたい
だった。
11代目
1996年
NISSAN
ウィングロード

  子供を連れた女房がマニュアル車は運転しにく
い。という理由とσ(^o^)が大切にしている車に傷
でも付けたら怒られるから・・・という理由で女房
はスカイラインを運転しなくなってしまった。かわいそ
うに思えた僕は女房専用の車の購入を検討。は
じめはPAJEROminiと思ったのだが「軽」は何か
あったときに危ない。ということで荷物を積めるス
ポーツワゴンを選択肢に。大きさと色と担当のディー
ラーマンのすすめでウィングロードにした。この年の女
房へのクリスマスプレゼントは車。今後こんなプレゼント
はもうないだろう。リボンをかけたKEYをプレゼントし
た。
12代目
1998年
NISSAN
LARGO

  子供が増え、車の中で遊ぶようになってきた
頃、スカイラインを占有しているσ(^^;)は肩身の
狭い気持ちになってきているのは事実だった。
周りでは家族のためにワンボックスカーに買い換え
ている。我が家も検討しなくてはいけないのか
なぁ。。。なんて思ってた頃、帰りがけの
NISSANにシルバーのLARGOハイウェイスターが展示
されていた。それまでワンボックスカーなんて検討も
したことがなかったからどんな車かも知らない
でいた。チョット立ち寄るつもりでディーラーをのぞい
てみる。いつもの通りその場でスカイラインの査定
額を出してもらっていた。"来年車検だし、そろ
そろかなぁ”なんて思って家路に着く。ウィングロー
ドとあわせて下取りに出せば・・・ということで購
入決定。我が家にデカイ車がやってきた。子供
は大喜びだ。
車内にはナビ、TV、ビデオ、DVD、ゲームをセット
し、子供が退屈しないことを最優先に考えた車
に仕上げた。これには大人も満足だった。>運
転手以外は。である。
13代目
2000年
MITSUBISHI
DIAMANTE

  町田に勤務することになってどうしても通勤車
両が必要になり通勤だけのためだからと割り切
ってDIAMANTEを購入。はじめは燃費や維持費
とチョットの遊び心を考えてBeatにでもしようと思
ったのだが、家族も乗せられる通勤車ということ
でDIAMANTEに決めた。車両+諸経費+アルミ+
ラジアルタイヤ+スタッドレスタイヤ+ナビで150諭吉だっ
た。結構お買い得な車。その後DVDナビを付け
た。写真は購入後2ヶ月の頃電信柱にこすった
時のもの。路地から出てきたクラウンを避けるため
自ら左によけ電信柱に当たっていった。当然運
転手に文句を言い、相手に全て直させた。当然
といえば当然。第一声で怒鳴ってしまえばこっち
の勝ちということを証明した事故だった。
14代目
2001年
NISSAN
SKYLINE
ER34
GT-turboX

  やっとRed号購入の話にたどり着いた!ここ
まで来るのに13台の車を乗り継いでいる。この
車に関しては「Red Emblemの変歴」を見て欲し
い。そこにRed号の全てが記されている。あわ
せてチューニングに目覚め、いい年したパパが未だ
に若い子たちに混ざって奮闘している様子も伺
えるであろう。
  やっぱりσ(^^;)にも父親の血は流れていた
んだと思う。同じように子供を乗せてタイヤを鳴ら
して走っている。子供たちも街中を走っているス
カイラインだけは見逃さない。テールランプで判断して
いるのかと思っていたが対向車を見てもスカイラ
インと判別している。2才頃からかなぁ。スカイライン
乗りの親としては嬉しい限り。子供をダシに使
えば・・・いや、味方に付ければ今後も女房から
の攻撃の盾にはなるのではないだろうか。
15代目
2001年
NISSAN
CUBE
 
  言わずと知れたPINK CUBEである。現在近所では我が家の目印的な車になっている。内装をピンクのハイビスカスで飾りブラックライトを付けた女房の車。LARGOの点検で日産に出向いたときに飾られてあったCUBEを見て「小さくていいなぁ、スカイラインはファミリーカーなんだからLARGOは必要ないだろう。」カタログを見るとピンクがあった。これだったら女房は欲しがるに違いない。点検を待ってる間に下取り額を出してもらい契約してしまった。何のための点検だったのだろう。またまた衝動買いだった。しかし、LARGOとほとんど引き換えにできたのでCUBEアルトはお買い得!
16代目
2004年
NISSAN
CUBE3

  子供の成長と共にRED号も成長したためPink CUBEが我が家のファミリーカーとなってきました。そうなるとCUBEでは車内の狭さに困るときがあります。セレナでも。。。と考えていたんだけど嫁さんの「小さな車に乗ったら、大きな車に乗りたくなくなった」の一言でCUBE3に決定。2004年2月28日に納車しました。嫁さんの誕生日には間に合いませんでしたが、誕生日プレゼントです。
フルオプションです。いろんな装備が付いています。なにがいいって、キーを差さずにエンジンがかかるのがいいですね。次世代の未来カーみたいな気がします。
17代目
2004年
TOYOTA
SOARER


  いろいろと変化を遂げたRED号は街乗り&同乗者にはとても辛い車となってきた。自分でさえチョイ乗りには当然使わなくなってきたぐらい。今じゃ筑波サーキットかTOPSECRETに行くときぐらいしか公道を走らなくなってしまった。
  そこで街乗り用が欲しくなってしまった。気軽に乗れる車、段差を気にしない車、快適AT、スポーティーさを残してる車、しかも安い!・・・そんな条件で探したらソアラがヒットした。買うんだったら4L車がよかった。
  ネットで検索して見つけたのがこの車。車検1年残しで売られていたのですぐに電話してその日に契約。納車までは1週間だった。たまに通勤に使ってるけどなかなか快適でパワーもトルクもある。来年の8月には車検を取ろうと考えてます。
18代目
2005年
NISSAN
STAGEA改
  先代の通勤快速号「SOARER君」の車検時に足回りの総交換を考えてた。グニャグニャな足をシャキッとしたかった。ディーラーで純正交換でもよかったのだが、TOPSECRETに相談に行ってみた。
  そこで聞いてしまったのがステージア製作の話。デモ車にしようと、25RS FourにRB26を積んでV-proにするとのこと。思わず食いついてしまった。社長に頼んで譲ってもらったのがこの車。
  納車13時間後にフロントをぶつけてしまったのを機会に前期から後期顔に変身。ついでにリアも後期仕様。ものはついで!と、内装も全張り替え、フロント2脚RECARO、ステアリング交換、フロントパネルカーボン、HDDナビを入れた。外装はFRPボンネットにフロントフェンダー、フェンダーモール、カーボンミラーのフルエアロ。足も車高調を入れ、前後BNR34brembo、Apexローターに交換。オマケにアルミはBNR34ミッドナイトパープルV限定シルバーホイルに交換した。
  通勤快速快適仕様の「ステジ君」は今日も元気に走ってる。ナンバーはお決まりの『34-26』


またまた悪い病気が発病してしまいました。
嫁さんに黙って買っちゃいました。


バイクの歴史はここだよ


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