チューニングへの目覚め


2001年8月26日
   納車から3週間。目指すAV関係はどこの店でも売り切れていて、入荷未定と言われ続けたHDDナビをやっと見つけた。
Pioneerの次世代ナビ!HDDナビなのだ。
  検索が早いのなんのってさすがHDDだ。今まで使っていたDVDナビと比べ物にならない。しかもCDやMDをそのままHDに落とせる。
そのうえ曲名なんかは勝手に表示してくれる。まさに"痒いところに手が届く"ナビだ。 当然、自分で取り付け。唯一の難点は
インダッシュモニターを立ち上げたときにエアコンのダイヤル部分に当たり完全に立ち上がらないところ。これには参る。
ナビ PioneerAVIC-H09
オーディオ PioneerAVIC-V07MD
ビーコン PioneerND-B4
増設HDD PioneerND-HD10

2001年9月8日
   アルミとタイヤ購入。車高調を入れる前にタイヤを替えておかないとアライメントを再調整しなきゃいけなくなるので急遽アルミ&タイヤ交換。
ショップのお薦めでブロンズにした。本当はシルバー系かな?と考えていたのに「ブロンズにした方が悪っぽいよ」そんな言葉に乗せら
れてブロンズにしたのだが、今になって思えばブロンズで正解だった。そういえば、往年のハコスカのセダンだってブロンズのスポークタイプのホイル
だったような気がする。
  車高調の予算も考えると、タイヤにはお金をかけられなかった。タイヤは消耗品。減ったら買い直せばいいんだもん。そのときにいいタイヤ
を入れるつもりで今回は街乗り専用ラジアルのAVIDで我慢することにした。
  しかし、長持ちさせたなぁ。このタイヤでFISCO4回と筑波を1回走ってる。残りのヤマは6分以上は残ってた。サーキットを走ってもで
ある。このタイヤ、街乗りならば最高だと思う。保ちはいいし、そこそこのグリップするし。しかし筑波の走行でブロックを飛ばしてしまい、
交換してしまった。サーキット走行無しなら2年は裕に保つだろう。(2002年12月現在)
フロント AVS Model5 8J-18 YOKOHAMA AVID 235/40-18
リア AVS Model5 9J-18 YOKOHAMA AVID 265/35-18

2001年9月12日
   ホーンをBOSCHのラリーエボリューションに換えた。なかなかいい音ですぞ。普段はホーンなんて滅多に使わないのに、これからは使用頻度が
増えそうだ。なんかあったらすぐに鳴らしてしまいそう。フロントグリルの奥でシルバーに輝いてるぞ。

2001年9月20日
   足立区のHIRANO TIREにてパーツの取付。先日入れたホイル&タイヤでの状態で車高調を組んでアライメントの調整をした。車高は30〜35o
ほど落ちてるらしい。吊しの状態での装着。今後足周りを煮詰めていく際に考えるとして、攻めた走りなんてししない予定だったので
吊し=メーカー推奨ということでそのまま装着。←今でもそのまま(^^;)
  マフラー&フロントパイプは柿本のオールSUS!!新品はいいねぇ。キラキラしてる。この日から爆音と呼ばれる日が始まった。メイン90φ、
テール115φのマフラーは抜けすぎるくらいの太さ。かろうじて低速トルクの不足にならないギリギリなんだろうか。インナーサイレンサー装着しても
うるさいジャン!・・・でも、こんな爆音にしたかったのは事実。首都高のトンネルに入るたびに窓を開け、ギアを3速に落とす自分がカワイイ
(*^_^*) 車内でラジオ&テレビはボリュームかなり上げないと聞き取れなくなった。音楽ならまだしも。。。
  エアクリはHKSAPEXで最後まで迷ったが、結局Red号のコンセプトである「小さなところにを貫くためにもAPEXにした。HKSにして
フィルターを赤に・・・でも良かったのだがフィルター交換の手間がいらないAPEXにした。以前乗っていたECR33の時もAPEXだったし。。。

車高調:HKS HYPER MAX DAMPERU
マフラー:柿本改 HYPER2000FULLMEGA N1+single
フロントパイプ: 柿本改 オールSUS Fパイプ
 エアインテーク:Apex'i パワーインテーク

  エンジンルームは新旧エアインテーク廻りだけ変わった。ヘッドカバーは仕事中に駐車場で自分で赤に塗装した。もちろん文字部分はシルバーに
塗り分けてある。ここら辺にもRed号のコンセプトがのぞけるのではないだろうか。
  ホイルを外すついでにパッドを換えることにした。パッドを換えるついでにブレーキラインも換えることにした。だったらフルードはDOT4だよね。
これで評判の良いER34キャリパーの本領発揮だ。装着後のインプレとしてはTITAN Kaiは最高に初期制動がいい!SUSブレーキラインの効果も
あってか抜群のストッピングパワーを手に入れたぞ。
  いろんなものの取付を頼んでしまったせいかえらく長い間待たされた。。。そんなの当然。待ってる間店内を徘徊していて追加して
しまったのがデジタルスピードメーター。リミッターカット機能が付いてるし表示がかっこいい。0-200mや0-400mも計測可能。Gセンサーにてパワーも
計測。いいジャン、いいジャン・・・なんて思ったら追加してしまっていた。つくづく悪い癖だと思う。爆音にさせてストッピングパワーとリミッター解除
を早く試したくなった。

ブレーキホース:NISMO ブレーキライン
ブレーキパット:Project-μ TYPE HC-TITAN Kai
ブレーキオイル:ENDRESS ブレーキフルード DOT4
追加メーター:Apex'i レブスピードメーター&Gセンサー
 
2001年9月29日
   skylineオーナーズクラブ「SOE」に登録して初めてのオフ会。スカイラインが何台も集まるなんて。。。すごくワクワクして集合場所へ向かう。
過去にオーナーズクラブというものに所属したことなんてないし、集まってくる人たちはどう考えても僕よりは若い人ばっかりだろうし・・・
初めて行ってつまんなかったり、求めるものが違ったりしたら二度とオフ会には行かないつもりで参加した。・・・のはずがいまだに参加
し続けている。仲間も増えた。でもSOEに入って車をいじるということになんら抵抗がなくなっていったことは事実。これっていい影響?
それとも悪影響?車ってノーマルで乗っちゃいけないんだっけ?なんて思わせるぐらい、みんなは愛車になんらかの手を加えている。
そしてなおさら愛せる車に仕上げているようだ。

2001年10月5日
   NISSANからサイドシルプロテクタープロテクターリアサイトが付いて、届けられた。さすが純正オプション。フィッティングに関しては文句ないだろうな。
いろんな車外エアロを見てみたけど、まずは4Door用が少ない。しかも気に入るエアロはなかった。で、再確認したのが純正はかっこいい、
ということ。また一段とかっこよくなったぞ。大げさな派手さはなく、さりげなくお洒落でスマートだね。紳士的なセダンに仕上がりました。
     
2001年10月20日
   純正エアロに身を固めた後に、浦安の「湾岸」に電話注文しておいた。フロントリップスポイラーフードトップモールを注文しておいたのだ。
EAST BEARのバンパーと同社のフロントリップとの検討だったが結局は湾岸にした。なぜかというと湾岸の商品の方がチョットだった
から。
  この日塗装からあがったとの連絡が入った。早速お店に出向いて取り付けた。さらに悪顔。フロントバンパーからちょっと出てるのが
気になる。バンパーの先端のつもりで前を詰めるとリップがぶつかってしまう。気を付けなきゃ。
 
  今のところ、エクステリアはたぶんこれが最終形。これ以上いじるとスマートさにかけていきそうな気がする。。。(2001年10月時点での
気持ち)
  ところが今じゃ(2003年バージョン)当時の面影はまるっきりなくなってしまった。スマートさにかけると言っていた頃が懐かしく感じられる。
なぜこんなに変身させてしまったのか自分でもわかんない(*_*)
     
  この日も悪い癖が出てしまった。なんと、RECAROのシートを注文してしまったのである。取付を待ってる間に期間限定モデルの広告を
見せられ、ついつい頼んでしまったのだ。
σ(^o^)「じゃぁ、運転席をMy Seatにしたいからを1脚ね。」
お店「シルビアとか180なら運転席1脚ってあるけど、スカイラインだよぉ〜。フロント2脚にしないと格好悪くない?」
σ(^o^)「そんなもんなのかなぁ。。。じゃぁ、2脚にしたほうがいいのかなぁ?」
・・・と、なんとも優柔不断というかのせられやすいと言うか。結局2脚買うことにした。しかも初めに選んでいたのは1脚5万円ぐらい
だったかな。気づけば1脚16万のものを2脚も・・・どうせ限定品買うならいいやつにしちゃえ!
  日本正規輸入30周年を記念に作ったモデルらしく、値引はいっさい無しだそうだ。リップとフードトップモールも合わせて買ってるんだから
少しぐらいは値引きしてもいいもんだけどね。でも真っ赤なRECAROシート。フロント2脚。これが憧れであったことは間違いない。
納品日が楽しみだぁ〜。

2001年10月27日
   RECAROシート装着の図。いいですねぇ〜(^o^) 車内が一層派手になりました。座った感じはといいますと。。。
レーシーです。体がシートにフィットし、ホールド感は抜群です。リアシートにあるものなんか取れやしない。シートベルトなんかしたら身動き取れない
じゃん。
  後日、sabeltの4点式シートベルトを装着した。これで完全に身動きは取れなくなった。ということはコーナーリングやブレーキング時の
体の挙動は限りなく抑えられるんだろうな。サーキット走行が楽しみになった。ついでに携帯ホルダーも替えてみました。
シートベルトまで僕のSKYLINEとおそろい♪

2001年11月10日
   C'sのショートストロークを取り付けた。買ってから何日が経ったのだろう。しばらくトランクに入れっぱなしだったがやっと作業に
取りかかれた。パーツインプレの写真はノーマルシフトとの比較である。シフトの長さが短くなったのとストロークが小さくなったのが一目瞭然だね。
一番頻繁に使う2速⇔3速⇔4速のチェンジが早くなるだろう。宣伝によると0.5秒は縮まるらしいが。。。(@_@)
そんな違いがわかる走りはできないと思いながらも喜びは隠しきれない。またまたレーシーな車に近づいた。
   以前ECR33にNISMOのソリッドシフトを付けていたがクイック感とダイレクト感は得られたがショートストロークになったような感じはなかった。
確かにスコっと入ったが・・・。しかしこいつは違う。確実にショートストロークになった。

2001年11月24日
  ターボタイマーの取付。車種別のハーネスがあるから簡単!ステアリング下側のカバーを外せば誰にでも取付可能だ。値段も手頃でお買い得。
 
2001年12月1日
  NISMO FESTIVAL 2001開催日。
朝6時前から会場に出てみた。まだまだ寒い。そんなことは当然である。時は12月だもん。しかし、こんな朝早くから各ショップは
準備ができている状態。いったい何時から準備してるんだろう?
  ぼちぼちコースから爆音が聞こえてくる。セッティングのための走行だろうか。静かな空気を突き破るような爆音。。。だ。
どうやったらこんなに大きな音が出るんだろう?やってみたい。。。
  終日、コースでの走行や各ショップのブースを見て回っていたが結局、朝一番に目を付けていたMine'sのVX-ROMを夕方になって
買ってしまった。イベントを見ながら会場を廻ってそろそろ帰ろうかという時間に最後の1台が残っていたのを見て買ってしまったので
ある。当然そんなお金は持っていってない。ここで初めてパーツを買うためにカードを使ってしまった。パーツにはローンとカードは使うまいと
思っていたのだが、モニター価格というこの機会を逃したら後悔すると思い「AMEX黄金の勇者」を差し出す。モニターとして5万円で購入。
安かったのだが取付に4,000円も取られたぞ。自分でやったっていいのに(*_*) あんなもの・・・
  ECU交換の効果は顕著に表れた。帰りの中央高速で右足を踏み込むのが楽しかった。レスポンスの良さに感激の瞬間だった。
やはり評判のいいECUである。売れてるだけはあるんだなぁ。。。なんて走りながら考えていた。
     
2001年12月1日
  NISMO FESTAの帰り、京王堀之内駅前のショップにてプラグを交換。HKSのプラグに換えた。これからもっと寒くなるというのに
熱価(9番相当)を上げすぎたか・・・十分暖機しなければいけない車になったのだが、うるさくて暖気をするにも近所迷惑な予感。。。
 
2002年1月13日
  TOKYO AUTO SALON 2002
当日会場にてC-WESTのアイラインを注文。製品代12,000円+塗装代6,000+消費税900円+送料1,000円+ステッカー代1,000円×2
=21,900円のところAUTO SALON特別価格16,000円にしてもらった!させた?いつ届くのだろう。さらに悪顔になるんだ!
  この日、Mine'sのブースにてチューニングの相談にのってもらう。NISMO FESTAの時に買ったVX-ROMがモニター商品だったにも関わらず
レポートの提出を怠っていた。原稿用紙1枚以上のレポートを提出しなければいけなかったのに出していなかったのである。その謝り
ついでにポン付けタービン仕様にしたいとの相談を持ちかけた。そこで言われたのが・・・
σ(^o^)「GT-2540を付けたいんですが。。。」
Mine's「そうですか。じゃぁ、ガスケットは交換しなくちゃいけませんね。冷却系はどうされています?」
σ(^^;)「まだなんです。」
Mine's「では、I/C、O/C、ラジエター交換は必至ですね。タービン交換するならやらないとダメですよ。」
σ(^^;)「そうですね。あとはどこを交換する必要ありますか?」
Mine's「燃料ポンプとインジェクターですね。パワーが出るのでクラッチも交換しないとダメだと思いますよ。」
σ(^^;)「見積お願いします・・・。」
  待つこと15分。長々と詳細項目を連ねた見積書ができあがった。なんと諭吉おじさんが100人いても足りない金額だった。予算は
100人までと考えていただけに自分の考えが甘かったことに気づいた。よく項目を見返してみれば過不足のない見積項目。どれも削れ
ない項目なことぐらい僕にも分かった。
σ(^^;)「検討します。」・・・言い残して去るしか他はなかった。

  しかし、今から思い返すとこの日が僕の中のチューニングスピリッツに火を付けたことは間違いなさそうだ。2002年のTOKYO AUTO
SALONに行ってなかったら今頃ノーマルBNR34が2台手元にあったか、女房にエルグランド買って、自分はNurに乗っていたかもしれない。
それぐらいRed号に投資してしまっている自分が怖い・・・でもそんな自分もRED号も好き♪

2002年1月20日
  キットを買い込み自作アーシングに挑戦し、2週間かけてやっとアーシングが完了。工賃と材料費を浮かそうと汎用キットを購入したまでは
よかったが、結局材料費に約2万、作業が2週間(日曜日2回)かかってしまった。労力を考えたら車種別専用キットを買って済ませば
良かったように思える。。。が!自作した満足感は効果の体感より大きいものとなった。AUTO SALONで数々のRBエンジンを参考にして
どこのアースを取ればいいのか見て回った。その甲斐があって仕上がりは上々である。人に見せても自慢のできるアーシングになったぞ。
  エンジンルームに張り巡らされる赤いケーブルがかっこいい!ここにもRed号のこだわりが出た。ついでにいままでノーマルに戻してあった
エンジンカバーも赤カバーに交換した。
  アーシング作業中にエンジンルームのどこかにレンチを落としてしまった。作業後もしばらく走った後でも落ちた形跡はなかった。どこかに
引っかかってるか走ってる最中に落ちてしまっているのか分からない。走って落ちないようなところならばエンジンに悪さをしないだろうと
安易に考えてしまっている。
  後日談ではあるが、Mine'sにてエンジンを降ろした際にレンチが1本引っかかっていたと渡された。冷や汗もんである。

2002年1月24日
  仕事をさぼり横須賀にあるMine'sへ。この時すでに心はタービン交換だった。再度チューニングメニューと希望の仕様を告げ、詳細見積もらい
注文を入れてきた。ここで僕はMine'sにあった1冊の本を開きこう言った。「このスカイラインに負けない車にしたいんだ!」そう、
Hyper LEVに載ってる知人の車のページを開いて言ったのである。考えてみれば今でも彼の車を参考にチューンしている。
  TOKYO AUTO SALONの時の見積書から、Mine'sで交換しなくてもいいだろうと思われるパーツに関してはMine'sに持ち込む前に
交換しておこうというのが今回のねらい。安くすませるところは安く済ませ、Mine'sにおねだりしてパーツ持ち込みでの作業としてもらう
ことにした。
  Mine'sでは冷却系以外の動力系パーツの装着とROMの書き換えを頼んだ。そもそもNISMO FESTAでVX-ROMを買ったからという
理由だけでこのショップでのチューニングを決めた。他の店では考えていなかった。無知とは恐ろしいものでVX-ROMだから他ではできない
と思っていた。よくよく聞けばV-proを使えばどんなECUでも平気だというではないか!他だったらもっと安く仕上がったかもしれない。
と思うくらいの金額でした。
  帰り道、パーツショップのHIRANOTIREにも連絡を入れ、注文をする。追加注文と注文確定の連絡。
メニューは以下の通り

HIRANO TIRE
DefiBF 60φ ブースト計、油温計、水温計60φ
Defi BF コントロールユニット&インジケーター
HKS Sタイプ インタークーラー
HKS Sタイプオイルクーラー
八潮 スーパーラジエター
BLITZ クーリングパフォーマー

Mine's
HKS GT2540タービンキット(持ち込み)
NISMO G-MAXツインプレートクラッチSpec-U(持ち込み)
TOMEIヘッドガスケット1.6mm
Mine'sインジェクター 480cc/min×6→(作業中NISMOに変更)
Mine's 大容量燃料ポンプ→(作業中NISMOに変更)
HKS エクステンション
NISSAN Z32エアフロ
HKS サクションキット
緑整備 オイルキャッチタンク→(形状合わずエッセンシャルに変更)


  2月中に全てのパーツが揃い、HIRANO TIREで取り付けた後Mine's入庫の予定がたった。
セッティングまで完了するのは3月に入ってしまうんだろうか? 仕上がってサーキットを走らせるのが楽しみだ〜い!(^^)!

2002年1月26日
  前日C-WESTからアイラインが届いた。さっそく取付た・・・といっても両面テープで貼るだけの簡単な作業。
"いかつい"目になった。ん〜〜〜〜かっこいいねぇ〜(*^_^*)さらに悪顔だぜ(^o^)v
  とりあえずプチ整形ということでのお披露目。SOEのオフ会に向かった。
 
   ここから徐々にチューニングへ目覚め始める。
脱ファミリーセダンへの階段を確実に昇り始めたと言ってもいいだろう。
自称ファミリーセダンから最強ファミリーセダンへ踏み出した。

Mine's編へ続く


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ある場所での出会い
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