免許停止の巻

ある日の出来事
〜帰宅途中〜
2001.11.30
   当時、僕の勤務地は町田市でした。現場監督をしている僕はひとつの建物が竣工すると勤務地まで変わってしまうという悲しい運命なのです。
ですので物件ごとに勤務先も変わります。町田までだったら良かったのにそこからさらにバス。通勤に2時間以上かかるため、この現場に勤務して
いるときは単身赴任していました。
  この日は仕事のきりが良かったせいもあって自宅に帰ることにした。しかも突然に。竣工間近なので社内検査があった日。早く終わることなんて
予想していなかっただけにその週の週末に帰るにもかかわらず、自宅に向けて車を走らせた。青葉インターから東名高速にのり、渋滞もなく順調
に車を走らせた。用賀の料金所で首都高に乗るための700円を払う。この日はハイウェイカードで払った。ここで事件のプロローグがあったの
だ。
  僕が入ったブースの隣にベイサイドブルーのBNR34がいるではないか!ナンバーは相模「・・34」。SOEのメンバーにも多いんですよね。
「・・34」プレートは。もしかしてそうだったのかな?しかも料金所を出るタイミングは一緒だった。隣のBNR34は僕を見て「ER34か。。。」とでも思っ
たのだろうか。いきなり発進して行きやがった。負けじと僕も後をついて行く。抜けそうでも抜かない。そこは完全に争えば負けることを知ってての
走りだった。池尻を抜け、渋谷手前。ここで行ってやるか!・・・
  それがそもそもの間違い。カメラがあったのである。どおりでBNR34はすんなりと抜かせてくれたはずだ。僕は見事に記念撮影をしてもらうことに
なった。初めての体験に心弾ませ・・・いやいや、胸躍らせ・・・(ある意味、確かに踊っていたかも?)ていた。あんなに真っ赤に光るものだとは、人
の話には聞いたことはあったが自分で体験してみないと分からない。眩しいくらいに光った。あの赤い閃光はいまでも忘れられない。
  その2日後は富士スピードウェイでNISMO FESTIVALが開催される。買ってからずぅ〜っとトランクにしまっておいたサーキットナンバーステーを次
の日に加工し、取り付けた。当然のことながら蝶ネジは外しておいた。


引越し前の出来事
〜新築My Home竣工〜
2001.12.15
   建築家として、自分の住む家は自分で建てたい!という幼い頃からの夢がついに叶う日が来た。思えば土地を探し、その敷地に見合った図面
を書き、仕様を決め、時には自宅の現場監督もこなし。。。そんな自宅がついに竣工の時期を迎える。
  そんな時に1通の葉書が届いた。「出頭下さい」その葉書は引越準備で浮かれた僕にあの日の出来事を思い出させた。やはり2週間前
後で通知が届くという噂は本当だった。しかしフィルム切れの時もある、という噂はだった。以前に知人から聞いた話。「通知が何回来ても無視
し続けると来なくなるよ。」魔のささやきは天使にささやきに聞こえていた。「捨てちゃえ!」引越準備のドタバタにまかせて捨ててしまっ
た。引越は12/14〜16の3日間で無事に終わり新築のMy Homeに移り住んだ。その後、通知が来たことなんか忘れてしまっていた。


突然の出来事
〜再通知〜
2002.2.20
   不幸の手紙は突然やってくる。いつもの通り家路につきいつもの通りポストをのぞく。中には1通の葉書。暗くて書面も確かめないままリビング
へ。そこで目に入ってきたのが「出頭下さい」今回は避けられないと思い捨てることをせずに大切に保管することにした。まずはその日の
仕事の都合を考える。大丈夫だ、午前中は休めるぞ。悲しい喜びみたいな。。。


諦めの出頭
警視庁
2002.3.6
   雲一つなく晴れ渡った出頭日和だった。霞ヶ関にある警視庁本庁へと向かう。なぜか「裏門か入庁のこと」と書いてある。表からは入っては
いけないことをしたのだからしょうがないか。
  「ここでお待ち下さい。」係員に言われベンチで待つこと約5分。「Redさん、こちらです。」警視庁のお役人に引き連れられ入っていったのは取調
室みたいなところ。衝立だけで仕切られている。担当は巡査部長だった。
  「この写真を見て、自分かどうか確かめて下さい。」 どうみてもσ(^^;)。どっから見てもσ(^^;)。これは逃げられる写真じゃない。見事なもん
だ。アルバムに入れておきたいほどきれいに写っていた。
  「いやぁ〜スピード出そうな車だね。スカイラインだよね。速いの?」誘導尋問みたいな質問に
  「そんなことないですよ。普通の車と同じです。」冷静に答えた。
  「でもね、74km/hもオーバーしてるよ。かなりスピード出したね。急いでたの?」
  「いえ、そんなことはありません。」いたって冷静&抑揚のない答え方を貫いた。
  「首都高はね、60km/h制限って知ってた?」そんなことは知ってるがすいていれば「制限速度=流れ」ジャン!
  「知っていましたがメーターは見ていませんでしたから。。。」
  「気を付けようね。あと6km/hオーバーして80km/hを超えると逮捕だったんだよ。」なにっ!逮捕!?
  「そうなんですか?」
  「そうだよ。逮捕してもいい・・・ってなっちゃう。調書もこれと違って逮捕状だってでっる時あるんだぞ。」初耳だった。もう少しで手錠かけられ
るところだった。すいてる首都高なんて140km/h以上なんてすぐ出てしまう。素直に赤紙にハンコを押し解放された。これでここでの処分は終了。も
う二度と来るもんか!次の通知は2〜3週間後。今度は裁判所から来るらしい。それで民事処分される。免許証は取り上げられなかった。それは
行政処分らしい。ということは免許センターに行くまでは車に乗れるって訳だ。そりゃありがたい。なぜならFISCOでの走行会にエントリーしたくてこ
の日の結果待ちだったから。免許センターに行くのを延ばせばFISCOに行ける!最後の巡査部長の一言。
  「これで一応書類送検の準備ができたから」。。。ん?書類送検?俺って?なに?
  「どういうことですか?」
   被告人ってことだよ」。。。ショックだった。

これがそのとき切られたキップ。
通称「赤紙」
134km/h(74km/hオーバー)だってさ



無駄な領収書
〜略式裁判〜
検察庁墨田分室(東京区検察庁道路交通部)
2002.3.25
  待ちに待った出頭通知第2弾。今度は簡易裁判らしい。錦糸町の検察庁道路交通部に行ってきた。その日は3月末と暦の上ではすっかり春に
なっているはずなのにかなり寒かったのを覚えている。待合室と呼ばれる車庫のようなところで数人がストーブで暖を取っていた。受付と呼べるか
どうかの窓口はまだ開いておらず、通知葉書だけを入れる。これが受付順番になるみたいだ。待ってる間、変な連帯感が生まれるのだろうか、知
らない人同士が会話をはじめた。
「なにやったんですか?」
「いやぁ〜飲酒なんですよ。」
「おたくは?」
「私は40km/hオーバーなんです。お互い運が悪いですなぁ〜」
・・・そんな会話が聞こえてくる。運が悪いで済ましていいものだろうか?いいわけがない!道路交通法を破ったのだから。心の中ではそう思ってい
たが、隣の会話に耳を傾けるσ(^^;)の顔は「そうですよねぇ」なんて顔だったに違いない。そんな寒いところで待つこと1時間。やっと中に通され
た。一人一人中に通されるための待合室。また、ここで待つみたい。すぐに呼び出しは始まったのだが、どうやら罪の軽い順番で呼ばれてるみた
いな雰囲気。かなり早めに行って待ってたにもかかわらず、呼ばれたのは1時間後。で、呼ばれてなんだと思う?ただ「あちらで待っていて下さい」
と、言われただけ。言われたとおりあちらで待つ。そこでも待つことさらに1時間半。やっと呼ばれて、呼ばれた先に行ってみるとただ一言。
「今回の送検において略式裁判としますか?」
「ハイ」
「では、1階の窓口で罰金を払って下さい。」 これだけのために一体何時間待ったのだろう?
  さて、1階の窓口ってどこだろう?うろうろしていると出口に通じる廊下にひとつの窓口発見。そこで罰金を払うらしい。

ここでチョット説明しておくが「罰金」と「反則金」は違う。。。
  軽微な違反については、「青キップ」がもらえます。いわゆる免停にならない程度の違反のこと。運転者が反省して「反則金」という名のペ
ナルティを払えば、刑事手続きには送られません。
  それ以上の悪いことをした運転手には「赤キップ」の進呈です。この違反は非反則ですから、反則金の納付書は交付されません。したがっ
て、反則金を払ってオシマイにする機会は与えられず、最初から刑事手続きへすすむことになります。反則金ではすまない人たちですから、処罰す
る(刑罰を科す)ためには裁判を行なわねばなりません。しかし、ぜんぶ正式な法廷を開いて審理しようとすれば、検察庁も裁判所もパンクしてしま
います。かわりに、簡単・迅速に刑罰を科してしまおうと、略式の裁判手続き(略式手続き)なるものが用意されています。要するに交通裁判所
は、たくさんの違反者(=取り締まりに不服のない人、不服はあっても主張するのがメンドウな人、不服を主張する道があることをまったく知らない
人)などに、略式でとっとと「罰金」を払わせる、ただそれだけのための特別な施設、といえます。
刑事処罰無し、民事・行政処分のみ:「青キップ」=「反則金」
刑事・民事・行政全ての処分:「赤キップ」=「罰金」
こう覚えておくと良いでしょう。ですから「駐車違反で罰金取られた!」は違うんですよ。

  本題に戻ります。
「では、10万円になります。」
オイオイ、そんなに簡単に請求するんじゃないよ。簡単な金額じゃないよ、10万なんて。一生懸命働いて、やっと手にするお金だよ。そんな無駄
遣いができるか!でも仕方がない。悪いことをしてしまったのだから。財布からなけなしの10万円を差し出すと、ご丁寧に作成済みの領収書
を渡された。そりゃ確かに払ったという証明だから領収書をもらったのだがこんなものもらってもちっとも嬉しくない。どうせだったら会社名でもらいた
かった。経理に渡して落とせるかなぁ。。。?

これがそのときの領収書
しっかり100,000円払ってきました。
反則金を超える罰金です。



そして免許は取り上げられた
〜免許センター〜
2002.5.21
  検察庁で罰金を払ったときに免許証を取られると思っていたが、取られなかった。それからも車は乗っている。初めに行った警視庁で民事処分。
検察庁で刑事処分。免許書は行政処分で停止されるので運転免許センターとなるらしい。 まだMine'sから車があがってきていなかったので、免
許をとりあげられなかったことにはホッと一安心だった。免許センターから免停講習のお呼び出し。交通裁判所で10万円納めたときから1ヶ月近く
経っていた。5月にエントリーしている走行会に参加するための日程調整が始まった。
  まずは免許センターに連絡。「いま、長期出張中なので指定の日に行けないのですが・・・。」電話すると、
「いつでもいいですよ。講習は曜日が決められていますので火・水曜で調整して来てください。」と言うことは走行会を終えてから免停講習に行って
もいいわけだ。すかさず手帳を開き曜日の確認をした。走行会が5/20月曜日なので、土曜日から会社を5連休して、走行会に引き続き免停講習を
2日間受講することにした。免停講習の1日目。講習料27,800円を支払い受講する。どうせ空き時間は暇だろうとOption2を持ち込み休憩時間
に見ていた。そこで見つけたのが7月7日の『パワーツアー』。本気走行会、パワーチェック、フォーミュラー走行などなど楽しそうな企画が盛り
だくさん!すかさず事務局に電話で問い合わせてみた。まだ、申し込みに空きがあるので申込書を自宅にFAXしてくれるとのこと。いろんなイベント
があり迷ったあげく「本気走行会」「パワーチェック」「フォーミュラー走行」「30°バンク走行」に申し込んだ。
  なんてついているんだろう!5月21日から45日間の免停になるのだが、パワーツアーの前には免許が戻る計算になる。そんな計算とパワーツア
ーのことばかり考えていた免停講習だった。
  ちなみにσ(^^;)の処分は90日の免許停止処分。2日間の講習を受けて45日免停だった。この日からRED号は時季はずれの冬眠に
入ることになる。そして、この日が手帳に書き留めた「1/45」。。。「45/45」は7月4日。免許様がお戻りになる日でございます。


戻ってきた免許書
〜真夜中の警察署〜
2002.7.4
  手帳の日めくりが「43/45」、「44/45」と残り少なくなるにつれ心躍る気持ちで7月4日を迎えた。当然7月3日の夜ということ。この日は夕方から
仕事なんか手に付かない状態だった。7月4日になったと同時に市川警察署に行くことだけを考えていた。この日の仕事のことなんかどうでもよくな
っていた。なにしろ朝は6時前に起きなきゃいけなくて日中は会議があるというのに夜中に警察署に行くんだもん。一応、警察署に電話して確かめ
てみた。
「本日、免許書を受け取りに行きたいのですが、12時過ぎに行ってもよろしいですか?」
「もちろんいいですよ。警察は24時間営業ですから♪」と、明るく答えてもらった。
「正面玄関は開いていますよね?」以前、裏口から入れ!との指示を頂いてるので疑心暗鬼になっていた。
「こちらも24時間、開いてますよ。」このときばかりは警察を身近に感じられた一瞬だった。
  待ちに待った免許書の返還だ!7月3日の23時30分には警察署前に到着していた。言うまでもなく近くまでは車で行った。これは、本来無免
許運転なのだが、近くのディスカウントショップの駐車場に車を停めて徒歩で警察署に向かった。今回はちゃんと正面玄関から堂々と入ってい
った。なにしろ刑期を終えたのだから!受付カウンターの前にある待合所で24時になるのを待つつもりでソファーに腰掛けていると・・・
「どうなされました?」
「免停が本日いっぱいなので受け取りに来ました。24時過ぎまで待たせていただいてもよろしいですか?」
「あと10分ぐらいですね?いいですよ。こちらへどうぞ。」ナンと親切な警察の方なんでしょう!天使の輪が見えました。名前を告げ、講習時の免許
証受取書を渡すとすぐにσ(゚-^*)の免許書が出てきた。どうやら事前に電話しておいたから用意しておいてくれたみたい。天使の輪が二重になっ
た!
  やっと免許書を手にした僕は堂々と車に乗って帰った。それから3日後、FISCOを疾走していた。。。



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