「リヴァロの寿司談義」日本の食文化に欠かせない寿司。 この果てしなく奥深い寿司の世界に、すっかりはまってしまったリヴァロのつぶやき。 |
1 寿司の握り具合 握り具合はどれが最高なのか。寿司屋にはそれぞれの流儀があり、また寿司好きの中にも色んな講釈があり、一概には言えないが参考になる格言も多い。 「握りを楊子で刺して口まで持っていき、口に入れたらパラリとほぐれるように握れ」 昔は、これが理想的な握りの目安と言われていたそうだ。ただ楊子といっても、今のツマヨウジではなく、倍以上の長さのそれだった。明治大正時代、歌舞伎の芝居小屋で販売する寿司弁当には楊子が付いており、観劇を楽しみながら楊子で寿司をつまんだ。そこに由来する。楊子で口に持っていけるかはともかく、「口中でパラリとほぐれる」というのは、現代の江戸前でも最高の握り方とされるから、明治・大正・昭和を経て息づいている一つの基本かもしれない。 そのほかにも「握りは饅頭ほどの柔らかさに握れ」とも言われる。昔の饅頭は相当にしまっていたので、今の饅頭のそれとは異なりイメージしにくい。 「うまい握りは陽にかざすと光線が透る」 ここまでくると苦笑するしかない。どう握っても光線は通らないだろうが、感動した握りに自分なりの「伝説」をつけたい気持ちは分からないではない。 最近では「うまい握りは、職人がつけ台に置くと沈み込む」というのがある。沈み込むように柔らかく、空気を含ませて握られた握りをいう。ただし、沈みこまない握りが大半だし、沈まずともうまい握りはたくさんある。沈み込む握りというのは口中で繊細にほぐれるから、先の「口中でパラリとほぐれる」握りの一つとでも分類できようか。 結局、結論はどうなのかというと難しい。がヒントはある。日本橋・吉野鮨本店の3代目であるとともに、寿司の歴史研究家としても名高い、故吉野f雄氏はこういう。「家庭でつくるおにぎりの握りかげんがもっともいい。馬鹿馬鹿しく固くもなく、すぐボロボロとくずれてしまうものでもない。家庭的な、おふくろが心をこめて握るそれである」 それぞれの店主が心をこめて握る、愛情のある握りが一番うまい。結局は、そこに行きつくということだろう。 2 寿司屋での楽しみ 寿司を楽しむには、通い詰めてなじみの店を作るべきか、色々な店を回るべきか。 なじみの店があれば、いつもあうんの呼吸でその店のベストパーフォーマンスを堪能できるだろう。一方、どこか新鮮さがなくなることもある。 色んな店を回れば、いつも新鮮に寿司が食せるものの、本当のベストパフォーマンスに出会えることはまずなかろう。 さてどうする。欲張りな私はなじみの店も欲しいが、評判の店もできるだけかじりたい。なじみの店にはおじゃましつつ、他の店にも「回遊」することになる。では「回遊」する時にうまいものを口にするにはどうすれば良いか。 ある人は声高に大将に寿司談義をふっかけるかもしれない。「今年はシンコはどうだ、平目はどうだ・・・」この手の人はお店の女性を連れている人がどうも多いようだ。二度と来るかも分からない店に、あたかもまた来るかのような振る舞いはしたくもないし、寿司に集中できないから、私は嫌いである。 またある人は、予算をきちんと伝えるかもしれない。「2万円でひとおりおつまみと、握りを頂きたい。」これはある程度満足できるだろう。しかし私はこれも嫌いである。いつもの自分のペースで、つまみから握りを食べて、コストパフォーマンスはどうか。これも「回遊」の楽しみの一つだから。 私の場合は、お好みの握りを真剣に食べるにつきる。10貫〜15貫程度を1貫ずつ一気に食べる。他の客の食べているもの、その日のネタなどを目のサラのようにして、作戦を練った上、一気に注文していく。「まぐろ、こはだ、アナゴ、玉子」という、江戸前の4本柱を意識しながら、うまいものは「もう1貫」と遠慮なく食べる。 そして最後に、玉子をつまみでもらい、巻物でしめる。つまみで飲んでいる時間は30分前後だが、握りに入ると10分前後だろうか。「一期一会」のつもりで握りを食べまくる。こちらの真剣さが握り手に伝わるのだろうか、途中から握り手にも力が入ってくるのが手に取るように分かる。 回遊した先のお店で大将とひとしきり話をするのは、こうやって食べ終わりあがりを頼むころだ。 回遊先の寿司屋の情報を入念に事前に仕入れ、多少緊張しながら暖簾をくぐる。なじみ客のやりとりなど店内の情報を分析して作戦を練り、ベストと思われる組み合わせを考え、注文し、一気に真剣に食べる・・・なじみ店では味わえない、この真剣勝負のような楽しさも捨てられずにいる。 3 握りのさわり心地 握り寿司とは、箸で食べるものか、それとも手で食べるものか。 江戸後期に屋台として営業が始まったとされる「江戸前寿司」。1850年前後に記された「守貞謾原」には、寿司屋の屋台のスケッチが記されているが、まさに現在の屋台だ。とすると当然手で食べたとも思われる。一方で、「三世豊国・見立源氏はなの宴」の源氏絵には、櫻の木の下で男女が寿司を食べる様子が描かれている。その寿司をよく見ると楊子が指されている。箸ではないが、楊子で食べていた様子がうかがえるのだ。 前回で触れたように、「楊子で口元まで運べる寿司が最高の握り」とされていたのもその由縁である。 要するに握り発祥の江戸の世から、手で食べたり、楊子(箸)で食べたりと自由に食べていたというのが正解だろう。 私自身は手で食べるのが好きだ。さわり心地の記憶も意外と多いのに我ながら驚く。久兵衛のあなごは暖かく、口の中で放り込む前に心が浮き立ったし、おけい寿司の指先にのりそうな、繊細な軍艦巻にも感嘆したし、新橋鶴八のウニ軍艦巻を口に入れようとしたところ、ウニが手にこぼれ落ちるのもうれしかった。 見栄え、さわり心地、口の中でのほぐれ具合、ネタとシャリとのハーモーニー、さらには余韻・・・そういうものすべてが握りの楽しさだが、「さわり心地」も大きな楽しみの一つになっている。 栗原雅直氏はその著書「お医者さんの食卓」(朝日新聞社)の中で、「コハダだけは箸を使わずに指でも味わいながら食べる」と述べているが、「指でも味わいながら」とは言い得て妙だ。「お箸」派も、たまには指で味わうと違う世界を感じられるかもしれない。 ところで寿司屋も一流になると違う。すきやばし次郎では、「箸で食べる客にはやや固めに、手でつかむ客には柔らかめに握る。」のだそうだ。 4 口に入れるは、シャリからか、ネタからか 東京の人気店「あら輝」の荒木水都弘氏は、「握りというのはネタを下にして、魚の方を舌にのせるのが味のわかる食べ方です」という。 そう言われると、無意識に色々な食べ方をしていたのに気付かされた。江戸前は右手で握りをつかみ、その形を見ながら口に運んでいたので、付け台に置かれたままの形、つまりシャリを下にして口に運んでいた。一方、博多前の場合、ツメが塗られていないので、醤油につける。その時、握りを斜めにして、ネタにちょっと醤油をつけるから、そのまま、つまり横向きに口に運んでいた。 荒木氏のいうがまま、試しにネタを下にして食べてみた。なるほど舌先にネタを感じ、その味が広がる頃にシャリがはらりと崩れはじめ、絶妙な感じを口中に感じる。試しに同じネタを2貫頼み、食べ比べると違いがより鮮明になった。赤貝は、ネタを下にした方がうまみがわかる。赤貝の磯の香り、ほのかな苦みがぱっと口中に広がる。づけ・赤身も、鮪の酸味をまず感じ次ぎに暖かいシャリが広がる方が、より旨みを感じた。 一方、鯛など白身は、シャリを下にして、シャリの温かさ・うまみを感じるなかで、白身特有の舌触りが広がった方がおいしい。イカも同様だ。 アナゴは微妙。アナゴを下にすると、アナゴに塗られたツメの甘み・店によっては山椒の鼻をくすぐるような香り、アナゴ自体の甘みがぱっと広がり、そこにシャリが広がるのは「花火」のよう。しかしアナゴ自体を感じすぎて、「握り」であることを忘れてしまう感もあり、シャリを下にした方が素直な感じもした。引き分け。 ただ古典的な江戸前(大ぶり)、ネタ重視の博多前(一般的にネタがやや大きい)だと、ネタを下にして口に入れるのはかなり一苦労。不自然で怪しい客に見えるし、窮屈だからやめた方が無難。 それにそもそも屋台から始まった江戸前。江戸中期の立ち食いの江戸っ子が、シャリをひっくりかえす所作をしただろうか。シャリをひっくりかえす所作も「えーい、面倒だい」とそのまま口中に放り込んでいたのではないか。 寿司研究家としても著名な日本橋・吉野鮨本店の故吉野桝雄氏はこう言う。「やがて年数がたつにつれて、やれ横にしろ、やれ縦につまんでタネを下にするのが本当だ、いや、手を上の方からつまんでおいてそれをクルリと回してタネを下にして口に入れるのが本格だなどとなってしまった」 「わたしは、そんな技巧は必要ないと思う。出されたものを自然にもっとも食べやすい姿勢で食べる。それが最高の食べ方であると思う。」 (2004年・記) |
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