「加賀百万石」NHK1999/01/03放映
まつは、北政所の誘いで醍醐の花見に出席。おねにとってまつは親しい間柄。縁戚でもある。秀吉の側室もいっしょ。
前田利家は前田利長に家督を譲るつもりだった。豊臣政権の微妙な段階。
酒宴で西の丸(淀君)と松の丸(京極)がもめた。まつが間にはいり、とりなした。
秀吉ももう年。信長の亡霊が夢に立つ。新しい趣向でおもしろかった。
利家には側室がいた。千代である。猿千代(後の利つね)の母である。草津の湯に三人が行ったが、まつは行かなかった。
まつは、男まさりと佐々との戦いで世間では勇名をとどろかせていた。
やがて、例の五大老、五奉行の件があって、秀吉は他界した。前田利家は秀頼の後見人として家康の動きを封じようとした。
家康は着々と他の大名たちと縁組みをしていた。
利家は家康対策のため、秀吉の遺言通り秀頼を伏見から大坂に移した。
家康の所業を責めるが、逆に家康は秀吉の権威を利用して逃げた。利家は病に臥していた。
石田三成、小西行長らは反・家康派。利家は難局を迎えていた。家康と利家はいったん和解していた。
まつは前田家の存続を願っていた。三成は信用していなかった。北政所は、秀吉の家臣たちが三成を嫌い、家康を慕っているわけをよく理解していた。「天下は天下人に自然に落ちるもの」と北政所。
利家は、家康を歓待しようとしたが、そのときに討ち果たすつもりでいた。利政が首謀者だ。だが、利長の意見で中止。
たが、利家は刀を布団に隠した。まつは利家の暗殺計画を阻止した。・・・利政が行方不明になった。
利家は他界する直前に息子たちに「やがて家康の天下、場合によっては膝を屈しろ」と言った。
利家の回想シーンは、モノクロで文学的だった。やがて62才で他界した。
その直後、加藤清正、福島正則ら七将は石田三成を討ち取ろうと攻めた。が、三成は家康に匿われ、難を逃れた。
まつは芳春院となった。・・・しばらくして、利長が家康を暗殺という話が持ち上がった。実行犯は大野ら。主犯不明。三成か?家康は前田家を屈伏させる作戦。
芳春院は、横山ながちかを弁明のため家康のもとへと派遣した。さらに徳川家と縁組を画した。
家康は前田家を安堵した。縁組を了解。そして、芳春院を人質として江戸に来させよと指示した。
芳春院は悪い取り引きでないと受けた。そして、家康は三成との最後の決戦を予感していた。芳春院は、兄弟に東西に別れて戦えと教えた。ここは、真田家と同じ選択だねえ。
芳春院は息子たちに「いざとなったら、母を捨てよ」とも教えた。
家康は関ヶ原に勝った。・・・利長が死んだ。53才。
利長が亡くなり、家康が芳春院をたずねた。家康によると芳春院が江戸に来て、人質を差し出す大名が増えたようだ。もはや、江戸にいる必要はないと言った。芳春院は金沢に帰った。14年の歳月だった。
かわりに猿千代の母親が人質となって江戸にはいった。
高台院(おね)と芳春院とはいろいろと戦国の女を語り合った。
まつ(芳春院):松坂慶子/おね(北政所):藤村志保/前田利家:原田芳雄/前田利長:高嶋政宏/豊臣秀吉:佐藤慶/前田利政:加藤晴彦/淀君:松嶋菜々子/徳川家康:里見浩太朗/石田三成:益岡 徹/前田家家臣・村井豊後守:石倉三郎/茶人・今井宗薫:斎藤晴彦/徳川秀忠:川野太郎/横山長知:坂上 忍/生駒正成:鶴田 忍/孝蔵主:浅利香津代/信長の声:津嘉山さん/京極:夏川結衣/千代:小川範子/
戦国ものを女性から見る視点というのはいろいろあるが、前田家テーマでははじめてか。おねとまつとの交渉などうもれた部分はいろいろあるのだろうが、文献など知らないのでなんともコメントしようがない。
丁寧なつくり方で無難な出来でした。北政所と家康とはつながっていたろうから、まつの活動もさまざまだったということか。
前田利家の存在は戦国物では信長、秀吉、家康に隠れてわかりにくいというかあまり取り上げられてこなかった。今回の原田・利家は武勇のイメージを強く押し出し、添え物のように扱われてきた利家像を変えたとはいえないか。
改めて一考してみると淀君・三成は政治下手で北政所が豊臣政権のブレインならば、一小国としての豊臣氏は残った可能性がある。前田氏がまつの力で残ったのであれば・・・、である。と考えると北政所は豊臣家に愛想をつかしていたというべきか、それとも戦国の世の権謀術数にあきあきしていたか。外から砂上の楼閣である豊臣政権がよく見えたかもしれない。
まつはその意味で主人亡きあとも「政治」に携わり、一大名であったがためにまだしも対応できたのかもしれない。
ただ、家康が若かったらまた状況は違った気がする。
藤村さんは昔日若かりしころねねさんを演じたが(”おね”にするか、”ねね”にするか意見があったらしい)、期せずしてという感じ。ほかでもやっていた気もするが・・・。松嶋さんは冬の陣、夏の陣あたりも出なかったし、やや肩透かし。里見・家康はやや政治臭さに欠けた。主演の松坂さんは可もなく不可もなくという感じだったが、兄弟を説諭するシーンなどは力演だったか。
最後の方でおねとまつが、場所はたぶん高台院だと思うが、尼僧姿のふたりが影絵のようになって語り合うシーンがある。このシーンが女性のしたたかさみたいなものを象徴していたのが印象に残った。
ドラマを図式化するのもよくないが、ひとつの見方として・・・「おね−秀吉」「まつ−利家」とするともう少し見えてくるものがある。たぶん、ここがポイントだろう。だから、淀さんは軽くなっている、といったところでしょうか。
1999/1/3-8(追加更新)