WORKS


WORKS

最新号の短歌雑誌『HANI』(隔月刊)より抄出した、短歌と論を紹介しています。


リストマーク HANI166号(2004年8月号)

目    次

MICROPICMACROPIC 
         短歌の意義と役割り

山下 和夫

15首詠〉

小原 起久子・井上 俊子

〈作品T〉

細野 悦子・堀江 良子・本山 秀子・佐藤 佳子・他

時 評   増える選択肢、変わらぬ感情

佐藤 佳子

今日の一首

浅田 隆子・細野 悦子

30首詠〉 菊地 葩

8月集〉

遠藤 良子・石井恵美子・兵藤 光江・吉田 貞子・他

現代短歌作品解析(77
      フモール〈だまし絵〉のような

山下 和夫

〈作品U〉

晶子の碑を訪ねて(4)

横田 峰子
10首詠〉

久保田トミ子・森たま江・四ツ柳富子

エッセイ

根岸 こう

〈題詠〉木・樹

第四回「プログレス賞」受賞作30

宮澤 Y

寺山修司の歌

正当からの排除の覚悟・虚構地獄

小原 起久子

虚構と映像性と

細野 悦子

事がら歌からの脱出

関根さつき 

ジャンルの狩猟者

遠藤 キヨ

修司のフィクション

田村奈織美

父恋母恋

吉田佳図子

虚構の奥の真実

青木 晶子

造形の短歌

瀬川 浩

楽しき玩具―されど「無傷の青春」ではなかった

山下 和夫

会員消息

ONE MORE ROOM(7) 
      主語(作品全体)を立ち上がらせる

山下 和夫

前号作品評

矢代 康子・菊地 葩

徒然抄(10

小野関浪夫

新刊紹介

編集後記

表紙  若山節子
ライン


知り人の一人も死なぬ年でした 何かがどっと欠けてゆくべし

山下 和夫

はしきやし紺の朝顔君の死を詠えばわれや生き生きとする

宮澤 Y

休耕田をわがもの顔に埋めつくすナズナ、ホトケノザ、0の風力

本山 秀子

校門より湧き出でて来ぬ保菌の名も貰いそれでも鵜族朗らに飛べる

鈴木 明子

国籍のことなる言葉のざわめき遠退いてモナリザの前深海となる

木村 静子

軌道などないというように残業の窓の前を転がっている満月

堀江 良子

ゆっくりと体内時計まわりいる ゆったり歩み象おもいおり

船岡 与茂子

兄が死に友も死にゆき藤の花のゆるりと占めるこの世の隙間 森 たま江

すこしずつガラスの器まえに出し今年の夏が近づいてくる

細野 悦子

もてる声を振るい落してきたるかと落ち蝉の軽さ手に量りいる

井上 俊子

「馬鹿だら来」と祭太鼓は鳴ると言いし舅なりき人に騙されつづけ

茂木 タケ

〈九条〉が咽に閊えし列島を若葉の風が吹き抜けてゆく

茂木 益子

「死にたい」と言う母を寝かせきて青空を見る 介護捨てんか

池田 美智子

建物の影にわが影吸いとらせ少し軽くなりたる歩み

小原起久子

諳んじて鬱の字すらすら書く人のおそらく鬱など知らぬ人なる

鈴木 明子

峡ひとつ林檎の花に明るめり誰に告ぐべきことにもあらず

仁歩 きしの

存在を否応もなく響かせて鈴つけし猫が月下をよぎる

堀口 栄

スケルトンウオッチのなか幾千の死体が眠る春の夜です

宮崎あゆみ

「蕎麦を打ち待ちいる」と言う呆けたる叔母は今老人病院にいる

村石 一子

さくら、さくら夢のはざまに散りやまず 夫を眠らせ夜をあいに行く

菊池 葩

目に青葉、初鰹とまた食むことに話のおちて中之条駅

熊谷 静江

歌を詠む命の芯に育ちゆく炎むらのごときもの華か蛇か

石川 洋子

ウォーキングシューズに踏み込むまだ青いセロファンに包み込まれいる朝

佐藤 佳子

草生ゆる中に落ちゆく雨音のなきほどの優しさを聞く 石井恵美子
たっぷりとシュガー入れよう風の日は亡夫とふたりのモカコーヒーに 兵藤 光江



ライン



寺山修司の歌 




◇正当性からの排除の覚悟・虚構地獄       小原 起久子


大工町寺町米町仏町老母買ふ町あらずやつばめよ

『田園に死す』

第三歌集(昭和四十年)の作品である。「老母買ふ町」は姥捨て伝説の世界と極めて日本的なものを並べることで、土俗的な匂いを強めている。また、それを燕に聞いているという。実を踏まえ虚の世界を彷徨している歌であり、孤独な寂寥感が漂っている。周到な言葉選びが、定型韻律にぴたりと収まって一層効果的である。
「自分に誠実であるためにはどんな手段」でも工夫してよい。という主張は、当時の短歌における「私性」と「虚構」をいかにすべきか、という議論を盛んならしめた。寺山にとって短歌における主人公は現実の「我」とは異なるものとして意識的に創り上げるもので、「私の内実を表出する」ために書くのでなく「私の内実をかくす」ために書くものであったといっているが、「故郷」と「母」とから、「逃れたい」、「逃れられない」が、東北の湿った空気を伴って、どの作品にも応溢しているように思える。






 

〈論〉寺山修司の一首


◇ 虚構と映像性       細野悦子


チエホフ祭のビラのはられし林檎の木かすかに揺るる汽車過ぐるたび 『空には本の』

デビュー作「チエホフ祭」の一首。寺山にとって、きわめて初期の作品と思えるが、すでに充分、彼の特徴がうかがえる。情景が鮮明に立ち上がってきて、透明感のあるみずみずしい情緒がただよう。チエホフ祭についての説明はないが遠い北の国の清潔な祭が想像される。「林檎の木」とは実に「青森」的で虚実一体のトリック世界の舞台がほのみえてくる。しかし、林檎の木にビラを貼るであろうか。汽車の通過によりビラが揺れるであろうか。このありそうもないことが短歌の定型の中で完結された表現をとるとき妙にありそうに思えてしまう。虚と実のごとく思わせる不思議な作用を見せつけてくれるのが特徴の一つとみる。







リストマークバツクナンバー

HANI162号(2003年12月号)

HANI163号(2004年2月号)
HANI164号(2004年4月号)
HANI165号(2004年6月号)
ライン